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「何ですって!私が醜い女?」
見る見るうちに上気していく彼女の顔色。
「安藤、待ってくれっ!彼女はおまえの将来を本当に心配しているんだ。仕事でも信頼し合う友人だったんだろ?不倫に足を踏み入れさせたくない。幸せな未来を見て欲しい。そう願うのが友人だろ?」
「深津さん?何を言って……」
私と香川さんの間に割り込ませた言葉に酷く驚いて、私はまじまじと深津さんを見る。
心苦しそうに言葉を連ねる彼。
「彼女は涙を流して俺に言ったんだ……安藤さんの時間を無駄にさせたくない。日陰の女なんかにさせたくないと」
最後まで言い切った彼は口を結んで、静かに視線を落とした。
そうか……
深津さんは香川さんの先生への想いを知らないから……。
深津さんの姿を見て愕然とする私。
壁に目を向けたまま無言を貫く彼女。
シンと耳に染みるような静寂が辺りを包む。
「バカバカしい。とんだ茶番劇だな」
先生は冷めた声で沈黙を裂き、小馬鹿にするかのようにククッと喉を鳴らした。
「茶番劇!?」
初めに反応を示したのは深津さん。彼は目をひん剥いて、腕を組んで扉にもたれ掛かる先生を見る。
「日陰の女?深津さん、あんたは今まで麻弥の何を見て来たんだ?
こいつは日陰で膝を抱えて餌を待ってる様な女じゃ無い。あんたが思ってるより、ずっと芯が強くて賢い女だ」
「……」
「笑えるほどの計画的犯行も、お涙頂戴の安っぽいシナリオも。あんたの優しさを装った嫉妬心も、俺には興味がない。さっきも言ったはずだ。俺は、麻弥に謝って欲しいだけだ」
まるで目の前を飛ぶ目障りなハエを手で払い退けるように言って、彼は深津さんを見つめ返す。
再び訪れる沈黙。
それぞれの心臓の音までも聞こえてきそうで、緊張のあまり呼吸すら止めてしまいたくなる。
「……あんたはどうなんだよ。安藤を連れ戻すからには、ちゃんとけじめをつけたんだ――」
「黙れ!俺は、麻弥に謝れと言っている!」
彼はねじ伏せるように一喝すると、今まで一度も見たことの無い形相で深津さんを睨み付けた。
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