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私と香川さんは体を硬直させ、固唾を飲んで二人を見つめている。
蛇に睨まれた蛙は顔を引き攣らせ、言葉を飲み込んだ口をもごつかせ悔しそうに顔をしかめる。
ゆっくりと私に向けられる深津さんの視線。
「これだけは信じて欲しい。傷つけるつもりじゃ無かったんだ。俺は安藤を守りたかった…この手で、守りたかっただけなんだ。すまない。本当に…すまない」
彼は苦しみを顔に宿し、私を真っすぐに見つめながら深々と頭を下げた。
バイトの相棒だった深津さん。信頼できる私のボディーガードだった深津さん。
来る筈のない先生からの連絡を待ち続け、悲しみに打ちひしがれる私を隣で見ながらあなたはどんな気持ちでいたの?
汚い手を使って先生から引き離すことが、いつか私の幸せに繋がると本当に思っていたの?
この状況はあなたにも予測できたんじゃないの?
「深津さん……」
言いたいことはたくさんあるのに。『なんて酷い人!』と、一言くらい言ってやりたいのに。
どうしてだろう……
ただ彼が痛々しくて、言葉が出ない。
私に向かって頭を下げる大きな背中が、初めて小さく目に映る。
「どんな善人であろうと、完璧な人間なんていない。人間誰でも魔が差すことはある。あんたは、感情が先回りして好きな女の守り方を誤っただけだ」
先生は深津さんの背中を見つめ、静かな波紋を広げるように言葉を添える。
深津さんは顔を上げ、声を呑んで口を引き結ぶ。
「俺のけじめは、俺のやり方で生涯麻弥を守り続ける。人に何を言われようが関係ない。人が作り上げた倫理観などクソ食らえだ」
彼は何の躊躇いもなく、……いや、当然の如くそう言って、フッと鼻先で笑う。
「雪菜は……雪菜はどうするつもり?あの子の存在を見て見ぬふりをして、家族ごっこを続けようと言うの?」
今まで沈黙を保っていた香川さんが低い声を這わせ、上目使いで彼を見る。
「いいや、見て見ぬふりなどしない。今までと同じようにできる限り、毎日雪菜に会いに行く。……麻弥も一緒に。俺達は家族だ。麻弥もそれを望んでくれている」
「なっ、何を馬鹿げた事を言ってるの!?家族って…とても正気の沙汰とは思えない!」
「俺達は十分正気のつもりだが?」
「ふざけてんの!?そんなの雪菜が望む訳が無い!何も言えない雪菜を愚弄してるの!?」
香川さんは火がついたように顔を紅潮させ声を荒げる。
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