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「俺の覚悟は、夫として雪菜を最期まで見守り、大切な家族を守る事。そして麻弥の覚悟は、母親の愛情を持って咲菜を守り育て、共に雪菜を看取る事。……君にそれを解ってくれとは言わない」
彼は落ち着いた声で言うと、密かに私の手を取って握りしめた。
彼の揺るぎない決意と温もりが、私の中へと流れ込む。
先生が側にいてくれるなら、もう何も怖くない。
私はギュッとその手を握り返し、顔を大きく歪める香川さんを真っ直ぐに見る。
「解る訳ないじゃ無い……そんなの、誰が聞いても異常よ」
「何が異常で何が正常なんだ?人それぞれ幸せの形は違う。愛情の形も違う。俺達は、俺達の中で潔白な愛情だ。人として、家族としての愛情だ。……他人からの理解を得ようとは思わない。必要ないんだ、そんなもの」
「……」
流暢に言葉を連ねて行く彼を見て、口を噤むも腑に落ちない表情を見せる彼女。
深津さんは何も言えぬ顔をして、香川さんを見つめている。
「こんな大人の汚い話は息子には聞かせられない……君はさっき、そう言ったね。子供はとても敏感だ。些細な母親の変化にも気づくものだ。それに気づいていないのは、母親だけ」
「……」
「君にだって全身全霊で守るべき者があるだろ?大人の汚い話は、もうこれきりにしよう。決して失ってはいけない、大切な者のために……」
空気に溶け込む様な声が耳に届く。
それはとても優しく温かく。けれど、どこか切なげで……家族の形を失ってしまった彼だからこそ言える、自分への戒めの言葉。
「先生……」
胸が熱くて苦しくて、私の頬にツーっと涙が伝う。
項垂れる香川さんは、壁から滑り落ちるように床にしゃがみ込んだ。
「……ウゥ……ッ……」
やがて微かに漏れる嗚咽。
香川さん……
膝を抱えて顔を伏せる彼女の肩が小さく震えている。
「……深津さん、彼女をお願いします」
先生は彼に向かって軽く会釈をすると、私の手を握り玄関の扉を開けた。
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