第22話 【欲しいものは、…】

35/39
前へ
/39ページ
次へ
「俺の覚悟は、夫として雪菜を最期まで見守り、大切な家族を守る事。そして麻弥の覚悟は、母親の愛情を持って咲菜を守り育て、共に雪菜を看取る事。……君にそれを解ってくれとは言わない」 彼は落ち着いた声で言うと、密かに私の手を取って握りしめた。 彼の揺るぎない決意と温もりが、私の中へと流れ込む。 先生が側にいてくれるなら、もう何も怖くない。 私はギュッとその手を握り返し、顔を大きく歪める香川さんを真っ直ぐに見る。 「解る訳ないじゃ無い……そんなの、誰が聞いても異常よ」 「何が異常で何が正常なんだ?人それぞれ幸せの形は違う。愛情の形も違う。俺達は、俺達の中で潔白な愛情だ。人として、家族としての愛情だ。……他人からの理解を得ようとは思わない。必要ないんだ、そんなもの」 「……」 流暢に言葉を連ねて行く彼を見て、口を噤むも腑に落ちない表情を見せる彼女。 深津さんは何も言えぬ顔をして、香川さんを見つめている。 「こんな大人の汚い話は息子には聞かせられない……君はさっき、そう言ったね。子供はとても敏感だ。些細な母親の変化にも気づくものだ。それに気づいていないのは、母親だけ」 「……」 「君にだって全身全霊で守るべき者があるだろ?大人の汚い話は、もうこれきりにしよう。決して失ってはいけない、大切な者のために……」 空気に溶け込む様な声が耳に届く。 それはとても優しく温かく。けれど、どこか切なげで……家族の形を失ってしまった彼だからこそ言える、自分への戒めの言葉。 「先生……」 胸が熱くて苦しくて、私の頬にツーっと涙が伝う。 項垂れる香川さんは、壁から滑り落ちるように床にしゃがみ込んだ。 「……ウゥ……ッ……」 やがて微かに漏れる嗚咽。 香川さん…… 膝を抱えて顔を伏せる彼女の肩が小さく震えている。 「……深津さん、彼女をお願いします」 先生は彼に向かって軽く会釈をすると、私の手を握り玄関の扉を開けた。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1940人が本棚に入れています
本棚に追加