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「彼は女の涙にめっぽう弱い男だ。群れの中で雌の争いの仲介に入ったはいいが、いつの間にかその雌達に食われるタイプだな」
心配をした方が良いと真面目な顔して言いながらも、明らかに上から目線でククッと可笑しそうに喉を鳴らす彼。
「なにそれ!ひどっ……あ、でも……」もしかして、見た目は肉食系だけど実は中身は草食系男子とか!?
香川さんを庇って嘘をついた深津さんを男らしいとは思うけれど……彼もまた彼女に踊らされていたという事実は否めない。
「でも、何だよ」
「いや……何でも。あっ。そう言えば!一ヶ月前、私が荷物を取りに帰った日。最後に深津さんと二人で話してたでしょ?あれは何を話してたの?」
「ん?……ああ、あれか。おまえへの愛の告白と挑戦状」
「はっ?」
「おまえがウジウジしてるなら俺が安藤を奪ってやる!……みたいな?蒸し暑さが更に増す様な暑苦しい男だ」
「暑苦しい男って……」
あの時、車の中で不安な思いに駆られながら二人を見つめていたけど……まさか、深津さんが先生に向かってそんな大胆発言をしていたなんて。
今更ながらにどんな反応をして良いのか分からずに、何とも言えぬ表情をして唇を戸惑わせる。
「今だから笑い飛ばせるけど……正直、めちゃめちゃ焦った。本当におまえを奪われるかと思った」
少し間を置いて、彼が照れくさそうに声を溢す。
流れるように聞こえてきたのは、彼らしくない言葉。
私は目を大きく開いて彼の横顔をまじまじと見る。
「あの時に俺のケツを叩いた深津さんは、卑怯なマネをする様な男じゃ無かった。…俺はそう思う。麻弥と一緒にいる間に手放せなくなった。どうしても抑えられない欲望が存在する事は、俺にも解る。おまえを手に入れるために卑怯なマネをしたのは、俺も同じだからな」
目の前で点灯する赤信号から視線を外し、彼は私と目を合わせて遠慮がちに微笑んだ。
「だから、深津さんにあんな優しい言葉を掛けたの?」
「あんな優しい言葉?俺はいつだって優しいぞ?」
「もう!またそうやってはぐらかして。先生なら深津さんにもっと罵声を浴びせるかと思ってたから……驚いたけど、ホッとした」
――――ホッとして、あなたの優しさが嬉しくて。惚れ直しちゃった。
横顔を見つめ、はにかんだ笑みが零れた。
「それは今、麻弥が俺の側にいてくれるからだ」
彼の囁くような声が流れる。
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