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「えっ…センセ?」
彼が開けようとする扉を見つめ目を白黒させる。
扉が開いて行くと同時に、正面にある大きな鏡にはお姫さま抱っこをされた私の姿が映し出されていく。
ラブロマンス満載の洋画や少女漫画に出て来るワンシーンじゃあるまいし。一般庶民が安物の服を着て映し出されるその姿は、想像以上に滑稽だと一瞬にして思い知らされた。
おまけに、この小っ恥ずかしい状態で連れて来られたのは、先生の部屋では無くて―――
「どうしてお風呂!?」
私は完全に夢から覚めたような顔をして、脱衣室の中で間の抜けた声を上げた。
彼は私の問いには答えず、平然とした様子で洗面台の前を通り過ぎお風呂の扉を足でスライドさせる。
開けた途端、ムンとした蒸気が体に纏わりついた。
先ほどまで彼が入浴していた浴室内は、未だ温かな空気が立ち込めている。
「……」
一歩足を踏み入れて、黙秘する彼がその場で立ち止まった。
あ……
もしかして、ベッドに行く前にお風呂に入れってこと?
ここに来るまでいっぱい走ったし。……私、もしかしてそんなに汗臭い!?
羞恥で顔がかぁっと熱くなる。
慌てて彼の首に回している腕に鼻をつけ、犬みたいにクンクンと匂いを嗅いだ。
その瞬間、汗の匂いを気にするよりも、もっと重要な出来事を思い出して顔を固めた。
お姫さま抱っこに浮かれ、ベッドインを期待してる場合じゃなかった!
そう言えば、さっき深津さんがこの体に触れたんだ……唇に、耳朶に、首筋に、胸もとに……
このままだと深津さんの辿った後を、そのまま先生が……
体に残る深津さんの感触を先生の感触に替えてしまいたいのは本音だけれど。それって、要するに深津さんと先生が間接キスをする事に!?
それはマズイ!いくらなんでも、それは先生に対して失礼極まりない!節操無しも甚だしい!
「あ、あのっ。私いっぱい走ったから汗かいてて。直ぐにシャワー浴びます!」
私はしかと抱きかかえられた体をくねらせ、子供が駄々を捏ねるかのように足をバタつかせて抵抗する。
「アイツの部屋で、何してた?」
不意を衝いて落とされた言葉。
「ふぇ?」
私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔して彼を見る。
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