第一章 由佳

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 彼女の通う聖ジョセフィーヌ学院は、県下でもお嬢様学校として知られており、校則の厳しいことでも有名だった。  学校帰りに友達と街をぶらつくなんてことは勿論、下校時の寄り道にすら担任の許可が要る。ましてやネットで知り合った男と駅で待ち合わせるなど、学校に知れたら即停学ものだ。  それなのに家に戻らずに直接ここに来たのは、母に外出の理由を詮索されるのが嫌だったからだ。それにこの駅なら由佳が通学に使う沿線とは違うし、学校からもかなり離れている。  大丈夫だろうと高を括っていたのだが、実際こうやって改札口の前に立っていると、校則を犯しているという罪悪感から、人の視線が気になって仕方ない。  帰宅を急ぐ人々にとって、由佳の存在など目に入るはずがないことは頭ではわかっているのだが、もしも教師の誰かがこの駅を利用していたとしたら考えると、心拍数はあがるし、口は渇くし、いっそこのまま帰ってしまおうかとすら思うほどだった。  そんな極度の小心者の由佳が校則に違反してまで、その男と会うことにしたのは理由があった。 小学生の頃、世界的に大ヒットしたファンタジー映画を観たのをきっかけに、由佳はファンタジーの世界にすっかり魅せられるようになった。  原作の小説を手始めとして彼女はそれ系の小説を読み漁った。学校の図書室の本をあらかた読み尽くすと、町の図書館に足繁く通った。口うるさい母親も本を読むことには、特に何も言わなかった。 それは彼女を本の世界に逃げ込むことを後押しすることになった。由佳は厳格で、神経質な母親が好きではなかった。彼女は世間体ばかりを気にし、いつも不満を抱えているかのように、眉をしかめていた。由佳が自分の思い通りにならないと、ヒステリーを爆発させた。  公立の中学への進学を希望していた由佳を聖ジョセフィーヌに通わせたのも彼女だった。中小企業のサラリーマンである父親の収入で、学費の掛かる聖ジョセフィーヌに行く経済的負担はかなりのものだった。母はパートに出てそれを補った。そして、パート先での不満を延々と食事中に聞かされるのだ。  そんな妻に辟易したような視線を向けながら、何一つ文句を言わない父親にも親しみを感じたことはなかった。最後に父親と会話したのがいつだったか由佳は思い出すことすらできなかった。
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