【 4 】時が止まってしまえばいい

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 何度目かのお忘れ物のお届けだろう。  でも、それも今日で終わり。私はしばらく乗務からは外れる。  忙しくなるから、明日から少し長めのお休みをもらった。  もちろん、慎には伝えていない。  ――お客様だもの。私のプライベートは彼には関係ない。  今回のお届け物はとても軽かった。封滅された一通の書面。  こんなに忘れ物が多いなんて、迂闊な人。  次からは私以外の誰かがこの役目を――引き受けるはずないか。  お気をつけなさいませ、と言ってやりたいけれど、もういい。  白鳳大学の扶桑館。モルタル造りの壁が真新しい校舎へ、慣れた道を行くように歩く。  心の中でさようならと言いながら。  彼の人に書状を手渡した。そして、いつものように一礼して。去ろうとする彼女に慎は言った。 「とうとう、一度も君を誘えなかった。残念だよ」  残念。この人は何を言っているのだろう。彼女は足を止めた。 「臨時講師の仕事は先日が最後だった。今まで通っていた学校へ本採用になったから、もう、東京から往復することはない。君にも大層世話になったが、手を煩わせることもなくなるから、安心してくれ」  安心。  残念で安心。  本当だ。  これが普通のお客様なら、手間がなくなるのだから万々歳だ。  私だって乗務から外れるのだもの。  何と間が良い。天の神様の采配はすごいわ。……これで良かったのよ。 「そうなんですの。また何かの折に遠出をされる時は私どもの会社をご贔屓に、お願い致しますわ」 「お願い致します、か。君は最後まで社交儀礼的で冷たい女だな」  カチリ、心の中で歪む音がした。
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