【 4 】時が止まってしまえばいい

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 身体ごと倒された床は固かった。押さえつけられた手が痛くて、彼女は顔をゆがめてもがく。両手を頭の上で押さえられているのに、彼は片手で余裕でいる。いくらもがいてもびくともしない。力では男に勝てない。彼女は青ざめた。 「止めて!」 「いいや、止めない。取り澄ました顔の影で、君は嘘をついたんだ」 「嘘なんて」 「許さない」  のし掛かる慎の力は強く、乱暴だった。  嘘だ、この人がこんなことをするはずがない。  少女の頃、身体を重ねた時の記憶が壊れてしまう。  大切な、最後の拠り所、柔らかな、温かい、幸せだった頃の思い出が、『夫』と過ごした最初で最後の夜にすりかわる。  悪夢だったあの時、嫌だと言っても聞き入れてくれなかった。後生だから、と半ば哀願され、強制的に開かれた足を割って、彼は入ってきたのだ、まだ固い彼女の中へ。  ――死ぬかと思った。  いやだと、止めてくれと、何度も叫んだのに聞いちゃいなかった。死人への配慮が吹き飛ぶ。力づくで思いのままにしたあんな奴。大嫌いだ。『夫』に愛なんて感じるものか!  彼と同じことを、あなたもするというの!  はだけた襟元から胸が半分以上露出し、ストッキングが大きく裂けて音を立てる。 「いやー!!」  やっとの思いで出した声は、しわがれた、老婆のような声で、彼女は彼の背を力なく叩き、そして脱力した。 「男は――いつも奪うだけだわ。どうして無理矢理開こうとするの、どうしてなの!」  あー、と茉莉花は嘆いた。
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