【10】幸子の告白 

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女学校を卒業して間もなく、幸子は地元の小学校に教諭として赴任した。 まだ十代の初々しい女子教諭だった。子供が子供を教えているようなものだったが、戦時下の混乱の中で無我夢中だった。 世間ズレしていない上、女学校出で、異性にまったく免疫がなかった。 初めて机をならべた同僚の先輩は涼しい顔をした男性だった。 不慣れな彼女に声を掛け、何くれとなく世話を焼いてくれ、励ましてくれた。 彼女が彼に恋するのも時間の問題だった。 新米の女性教諭である幸子と、学内でも近所でも好青年と評判の男性教諭。 当時、戦中の富国強兵の勢いもあり、若者の結婚は奨励されていた。 一年間と勤め上げない内に、彼との間に縁談が持ち上がり、トントン拍子に話は決まった。家柄も男女ともに遜色なく、飛び抜けて良くも悪くもなく、格差もなかった。良縁と言えた。 贅沢がいましめられ、物資が足りない中、満足な仕度も調わなかったけれど、かまわなかった。 親が決めた人ではなく、自分が好きになった人に望まれて嫁ぐ。小説の主人公のような結末だ。しあわせだった。 親族が揃う中、簡素な式が執り行われた、その最中だった。 年嵩の男性に連れられてきたのは若い女性。年の頃は幸子と差がないようだった。 彼女の腹は盛大にふくれていた。 父親を名乗る男性は言った、「娘を孕ませた責任を取れ!」と。 幸子は驚き、ばかばかしい戯言だ、と花嫁の親族は失笑した。 が、花婿本人と彼の親族は皆顔を背け、彼女と目を合わせようとしない。 まさか、とみぞおちに冷たいものが走る。 憮然とした振りをしつつ、瞳の中には勝ち誇った色をたたえて幸子と花婿をにらむ彼女は頑として動こうとしない。 「先生の子供よ!」と一言吠えた。
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