【10】幸子の告白 

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評判の教諭の醜聞に地元は飛びつき、噂話は当たりに飛んだ。全ての人が彼女を笑っているような気がしていたたまれなかった。 戦局が激化する中、隣組で家族が形見が狭い思いをするくらいなら、と東京の親族を頼って上京した。男の身内を全員戦争にもっていかれたひとり暮らしの叔母の元に身を寄せ、女ふたりで戦中をすごし、敗戦を迎えた。 戦後まもなく、幸子が東京にいるという噂を聞きつけ、心配した知り合いのよしみで柊山の元に辿り着き、薫陶を受けて大学で席を温め、そこで幸宏と出会ったのだった―― 「今でも郷里には帰れないわ。親きょうだいは息災に暮らしてるのだけど……きっかけがなくて」 風にはためく衣類の音がぱたぱたと遠くの方から聞こえる。 「結婚するはずだった一家の消息はわからないの。子供が本当に婚約者の子供だったのか、無事生まれたのか。年齢から言って、徴兵は免れないはずだもの、戦地へ向かったかもしれないけど、それすらも、もう。……どうでもいいこと。終わったことだもの。だけど……回りは終わらせてくれないの。噂はどこまでも追いかけてきたわ」 幸子は、ほう、とため息をついた。 「柊山先生には紹介してくれた方が事情を伝えてくれていたし、私も初めてお会いした時に自分の言葉で可能なかぎりお話はしたの。深くは聞きたがらなかったけれど、信じて下さったのだと思う。『君は何を成し遂げたい』と問われたから。誰の助けも受けず、自分の足で立って生きていきたい、世話になった叔母に恩返しもしたい。だから仕事を持ちたい、誰からも後ろ指指されず、世間様に顔向けできてありがたがられる職業に……女性でも最高学府の教鞭が執れることを知らしめたいと。先生からは、『野心を持つのは結構だが、動機が薄い、それだけでは勝ち残れない』とあっさり言われたわ」 肩をそびやかして続けた。
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