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「そんなことより、君はまだ若い、世の中そんな男ばかりではない、将来の世代の為に、家庭を持ち、子を産み育てなさい、君にふさわしい人を探してあげようと」
それまで黙って聞いていた幸宏はつい吹き出していた。
幸子は、少しむくれて彼を見た。
ごめん、と言い訳をして、言う。
「誰に対しても言ってるんだね。それ、小父さんの教え子は皆、何十回も聞かされてるよ。もちろん僕も。そして、見合いしろ、って釣書と写真を持ってくるんだ」
「……お見合い小母さんみたい」
今度は幸宏は破顔した。
「男だからお見合い小父さんか、その通りだな」
あまりに幸宏が楽しそうに笑うので、それまで肩に力を込めて語っていた幸子の肩が、がくりと落ち、ふ、と微笑む顔にはやりきれなさとは対極の穏やかさがあった。
でも、と再び暗い顔になる。
「その場で先生にはお伝えしたの。私はもう誰とも二世を誓いません、お話はお受けできません、って」
幸宏の顔が瞬時に強張った。
「先生に過去についてあれこれ言われるのはかまわなかったの、受け流せたから。もっとも過去の話をほじくる方ではないでしょう? 初めてお会いした日以外で私の結婚話はしたことがない。話題にも上らなかった。だから安心できた。
でも……学校に来て、数ヶ月ぐらいたった頃かしら。学校内で複数の人から、結婚してたんだって、って問われてびっくりした。誰が聞いたか広めたかこの際どうでもいいの、白鳳の学内で面と向かって言われた時は、もう……目の前が真っ暗になったわ。既婚で、結婚式当日に間男と浮気してる現場を目撃されて旦那に捨てられた尻軽女が私の別名だった。影ではもちろん、聞こえよがしにいう人もいて……。どこにいても忘れたい過去が追いかけてくるんだとただ哀しかった。尾上君には他の学生に揶揄されてるところを偶然見られて。その時ははぐらかしたのだけど……別の日に同じ学生にどこかへ連れて行かれそうになったところを止めてくれたの」
「ちょっと待って」
彼はちゃぶ台に手をついた。
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