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「颯介君、おはよ!」
改札を降りて、すぐの柱のところに、颯介くんが白杖を持って立っている。
声をかけてから彼がこちらを見るタイミングで、大きく手を振った。
彼は全盲ではないから、明るい場所でならぼんやりとだが認識できる僅かな視界が残っているらしい。
「おはよ、春妃ちゃん。寒いね」
「うん、天気は良いけどね」
近づくと颯介君が私の肩に手を乗せ、同時にいつもの方角へ歩き出す。
図書館で、彼のパソコン入力の仕事の為の資料を音訳する。私がしているボランティアの一環だ。
「昨日は秋生さんに同行して、今日は僕の音訳でこの頃土日殆ど埋めさせちゃってるよね。ごめん」
「なんで気にするの? 好きでやってることだし。秋生さんも、十二月と三月四月はすっごく忙しいのよね。視障会の会議がほぼ毎週あるんだもん」
「僕は毎回駆り出されるわけじゃないから、まだ楽だけどね」
「もう颯介くんとか若い人に譲りたいって言ってたよ。のんびり隠居したいんだって」
もう70を過ぎたお爺ちゃんの秋生さんは、私がボランティアをするきっかけになった人だった。
生まれつき視覚障害がある秋生さんが、病気で目の見えなくなった祖父にたくさんのことを教えてくれたらしい。
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