第1章

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正司の店でそんなことをする客などいるはずがない。 (客じゃないのか・・・? ) 正司は一人の男を思い出していた。 「まさか・・・」 正司は急いでアキのケータイに連絡した。 が、電源が切られている。 もう既にあの男と合流しているのだろう。 正司は急いで着替え、車のキーを持って家を出た。 (ひどいよ正司さん。俺のCDデビューの話、握りつぶすなんて) アキは渋谷のカフェで待ち合わせの男を待っている間、先日店の休憩時間に聞いた話を思い出していた。 『CDデビュー? 俺が? 』 『そう。悪い話じゃないでしょう? 』 『どんな曲をやるんです? 』 『アナタはクラッシックがお得意のようなのでそれを数曲と。いまはそれだけじゃ売れないんで、雰囲気のあった歌謡曲もミックスさせて頂けたらと』 『楽譜は事前に頂けるんですか? 』 『いえ。マスターが反対されているようなのでこちらに来てから練習していただきます。なに、難しい曲は用意してませんからご安心を』 『マスターが反対? 』 『そうなんです。ウチは十分盛況だからと、先日断られまして』 『そんな』 『それでご本人のお気持ちを知りたくてまたやってきた次第なんです。どうです? アキさんCD作りませんか』 『えーっと』 『悩むお気持ちもわかります。どうです? 一度見学に来られては。設備なども見られますし、ピアノも弾けますよ』 『・・・見学だけなら』 渋谷のカフェはいつも人が溢れている。みんなのんびりしているのに忙しく感じるのは、知らない間に人が入れ替わっているからなのかもしれない。 「いやー、どうもお待たせしてしまってスミマセン」 「是枝さん」 「ココは私が払いますので、さ、行きましょうか」 「あ。すみません・・・」 こういったやりとりに慣れないアキはどうしたらいいのかわからない。 とりあえず是枝という男の後をついていった。 店を出るとすぐにタクシーを拾った。 乗りなれないものの居心地の悪さ。独特の匂いと開間。ほんの少しの不安感。 ワンメーターくらいで目的地に着いたようだった。 イベント会場のほど近く、地下へと延びる階段があった。隠れ家的な入り口を入るといくつもの扉があった。 ガラス窓で仕切られているので部屋の中は見通せる。 130平米は軽くあるであろう開間にグランドピアノが一台。ドラムやパーカッション。ギター類が静かに並んでいた。
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