第1章

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いけない。もう、帰らなくては。 「スミマセン俺もう帰ります。仕事が」 「あぁ、じゃ家のそばまで送ろう」 「いえ、駅で大丈夫ですからっ」 「じゃあ、これタクシー代。今日はありがとう」 「いえ見学に来ただけですから」 左手に一万円無理矢理握らされたまま、アキはタクシーの中で妙な違和感を感じていた。 家に帰ると珍しく正司がいなかった。もうすぐ出勤時間なのに。 がちゃ。 玄関の開く音がした。 「アキっ」 「しょうじさ」 「アキ、今日どこにいた? なにしてたんだい?」 「何って」 「レコード会社の男と一緒だったんだろう? 」 「もうっ ほっといてよ」 「放っておけないよ。君のことが大好きなんだから」 「・・・・・わかってるよ。でも、そっとしておいて。お願い」 「・・・嫌なことはされてないんだね? 」 こくん。とアキが頷く。 「・・・じゃあ。仕事にいこうか」 間違いなくアキは昼間、夕刻までどこかでピアノを弾いていた。今日は遅れて仕事前の指慣らしの時間もなく仕事に入ったのに、一曲目からこの滑らかなタッチ。優しくやわらかなメロディ。完璧な演奏。 「ねぇ、マスター。アキとなにかあった? 」 「え」 「俺じゃなくても気付くと思けど。バレバレじゃん? なに? ケンカ? 」 「あぁ。ちょっとね・・・。遠山君はアキから何も聞いてないの? 」 「俺から情報聞き出そうとしても無駄だよ。俺も最近会ってもらえてないし。今日もふたりして開店ギリギリに来るし」 「あぁ。それは僕のミス。すまなかったね」 「・・・大丈夫? マスター」 「ちょっとね。お手上げなんだ」 両手を組んだ甲に顎を乗せた頬杖でリオがマスターを見上げる。いつものカウンター席は今はリオだけで占領している。 「俺。なんか手伝う? 」 「あ・・・そうだ。遠山君。アキが髪を切った日。店にいたよね。カウンター席に痩せた170センチくらいの、スーツはノーブランドで左腕にオメガのコンビをしてる男はいなかった? 歳は40代前半」 「・・・いなかった。俺が見たのは50手前のガマガエルみたいなおっさんだけ」 「・・・そう」 「そのオメガのコンビが怪しいの? 」 「レコード会社のスカウトマンなんだ」 「ああ・・・そゆこと」 「それがアキはもう先方と接触してしまったらしくて」 「レコーディングしたの? 」 「わからないんだ。話してくれなくて」
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