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「大変だね。出来る息子さん持つと」
「あぁ。あ、ごめん」
客からのお呼びがかかり、正司がその場を離れる。
リオはピアノを奏でるアキをみつめていた。
この数年で、初めはリオにあまり話をしてくれなかった正司も、今ではアキと同じとまではいかないが、友人のように接してくれている。
リオはアキの性格を知っている。先走って転んで痛い目見るのはいつもアキ自身なのだ。
どうにか助けてやりたいと思う。が、本人にその気がないのではどうすることもできない。
それに。そのCDが『新宿二丁目』をウリにしたものでない、楠木暁良としてのものならば、それはアキにとって嬉しくて当たり前なのではないかとも思う。
が、この世の中。そんなに甘いもんじゃないぞ。とリオは心の中でアキにテレパシーを送る。
「あのガマガエル、いかにもヤバそーだったじゃん」
一ヶ月後
一ヶ月前のケンカ以来、肌を合わせなくなったふたり。ダブルベッドで一緒に寝るのも辛く、正司はリビングのソファベッドで眠るようになっていた。気を使ってシャワーの時間もずらし、食事は同じものを別々の部屋で食べていた。
そんなある日。仕事も終わり会話もなく家に帰って互いに床について数時間が過ぎた頃。
アキのケータイが鳴った。
「・・・はい・・・リオ? ・・・なに? ・・・聞こえない」
ずいぶんざわついてるところからかけてきていた。
『オマエのCD予約受付中って! なんだよこれ! 聞いてねえよオレ! 店にガンガン曲流れてるぞ! 』
聞き耳を立ててみると、いつだったかスタジオ見学に行ったときに弾いた曲だった。
(あの曲が・・・CD? )
「リオ・・・そこ、どこ? 」
『俺んちの近くの商店街にあるCDショップだけどさ。ココだけじゃないんじゃねーの? 』
「どうしよう・・・」
『アキ。マスターに代わってくれ』
「でも」
『オマエのこと守れんのはあのひとしかいねぇんだよ。状況説明するから。代わってくれ』
アキはベッドから抜け出した。寝室のドアを開けダイニングをぬけてリビングのソファに寝ている正司を起こそうとする。と。
「どうしたんだいアキ」
気配に気付いたのか、目を覚ました正司が優しい微笑をよこす。
この一ヶ月まともに顔を見ていなかったのだと、初めて気がついた。
ぽろり。アキの頬を涙がつたった。
「アキ? 」
「ごめんなさい。正司さん」
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