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「慎先生ならいないよ。今、海外」
「知ってます」
次の言葉を待つ。
言っていいものかどうか、迷っているのが手に取るようにわかる。
話のイニシアティブは、僕が執ろうか。
武はスパッと言った。
「僕は君の力になれると思う」
少年の唇が一度開いて噛みしめられた。
「大丈夫、知ってるよ。君のお父さんとは長い付き合いだから。だって、君の名前、間違えてないでしょ? 言ってごらん、何があったの」
「父……に連絡を取りたいんです」
「うん。行き先ならわかっているから。奴は旅程表とかホテルとか言っていかなかったの」
「母なら知っています。でも、聞けなくて……」
緊張する時、人の手は雄弁に物事を語る。
ぎゅっと握られた両手は白くなるくらい色が変わっている。
「隠さなくていい。急を要するんだね」
「はい」
一度、目を閉じ、視線を下げたまま、少年は言った。
「母が入院したんです」
「いつ」
「昨日の深夜です。今朝、主治医の先生から話を聞いて。末期癌で手の施しようがないって……」
内心で武は舌打ちをする。
まったく、大人というやつは。
平時ならともかく、危急の時に曖昧な関係のツケが出るのに見ないフリをしてしまう。
にっちもさっちもいかなくなった時、巻き込まれるのは、身近な者だ。
頼れる身内がないこの少年のことを、サポートする大人が何と少ないことか。
こんな少年に、病名を告げるんじゃないよ、医者!
「僕の方からも、大学からも、大至急連絡をするよう、電話と電報をさせよう。君の家には弁護士の先生はいなかった?」
あ、と言って少年は答えた。
「います」
「そう。じゃ、弁護士の先生には詳しく、学校の担任の先生には一言伝えた方がいいね。君のお父さんの方は僕に任せて。詳しい話を聞きたいから、僕の研究室でお茶でもどうだい? まず、先生たちに電話しておいで。小銭はもっているね? さあ、急いで」
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