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もう引き返せない
孫娘を心配した祖父母に、取って付けたような言い訳をして、たくさん謝って、茉莉花は自室へ閉じこもった。
身体がだるい。
――ああ、何ということをしてしまったのだろう。
結局、茉莉花は一晩家に帰らなかった。
慎も自宅へ戻らなかった。
扶桑館の固い床の上で、わずかな敷布にくるまってふたり、肌を温め合った。
まるで睦み合う恋人同士のようだ。最中は自然笑みもこぼれ、胸を合わせ、足を絡め合った。お互いの不在を埋めるように、言葉で語り、身体で確かめ合った。何度も。
彼の胸には、やっつけ仕事で切って貼ったような傷があった。問うと、手術の跡だと慎は言った。肋骨を一本、取ったのだと。
痛々しい傷跡も愛しくて、茉莉花は何度も撫で、唇を寄せた。
ふたりで迎えた朝が、未来を約束する門出であれば、どれだけ嬉しかったろう。結びついて愛し合った実感があったから、余計、今朝は気分は落ち込んだ。
ひとつ漏らさず忘れたくない時を封じ、決して人に知られてはならないと、私は人の道に外れたことをしたのだと。させてしまったのだと――。
朝の光は彼女に知らしめる。
身を起こし、今さらのように手で胸を隠しながら膝を立てた時、ずるりと内股から垂れた感触に、冷水をかけられた気分になった。
自分のではない、彼が確かに入り込んでいたのだと伝える、一夜の残滓。
彼女の胸には重くのしかかるのだ、きちんとプレスしたシャツと、大きく半紙に書かれた丸。
慎にはまろやかな家庭がある。
ふたりが住む世間一般では、私たちがしたことは許されることじゃない。
しかし、心はあっさり自分を裏切る。
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