【 5 】逡巡と迷いと現実と

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萌芽    ◇ ◇ ◇  慎はふたりで夜を過ごした日から間もなく任地へ発った。妻子を帯同せず単身で。  彼女の元には便りが残されていた。  赴任先と、連絡先、来訪を促し、色よい返事を待つとあった。  事務的なこと以外書かれていない紙片と封筒を何度も読み返し、騒ぐ心の声に身をさらす。  理性は便りを破れ、捨てろと言う。感情は囁く、彼の言葉を頼りに、流されてみてはどうだ、と。  彼女は理性と感情に訴える。  私は、捨てられるの? やっと掴んだ、国際線客室乗務員への道も、何もかも。おじいちゃまやおばあちゃまも……? 「あなたの花嫁姿を見るまで死ねない」と言う、おじいちゃまとおばあちゃま。できない、私には、できそうにない。  本当に嫁ぐのであれば、一時の別れも幸せの門出となる。  でも、今の彼について行くということは、私の半分以上を失うことに等しい。  私は、愛に生きる覚悟は、あるの?  彼は――ある、と言って、私の答えを待っているのではないか?  一日、また一日と、返答を先延ばしにし、休暇も終わって職場に戻ったある日。  茉莉花は腰部に異変を感じた。  身体が――だるいのだ、本当に。  吐き気と痛み、そろそろ生理が来る頃だけど、その不快感とは別物だ。  痛い、とにかく痛い! 「茉莉花さん、ひどい顔色よ」  同僚に言われて鏡を見て、本当だ、と、脂汗をたらしている自分を見て思った。  まわりに引きずられるようにして医務室に運び込まれ、そこから救急外来へ回され、受けた診断は、急性盲腸炎だった。
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