第1章

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これは、僕が子供の頃の話。 母と弟、三人暮らし。当時は何も分からなかったけど、借家というやつだった。 女手一つ、二人の子供を育てるのは大変だったろう。 その頃は、もう小学校に上がっていただろうか。 昼寝から目を覚ますと、部屋に誰もいない事に気付き、寂しくなった。 「おかあさーん」 と呼ぶが、来てくれない。 覚めやらぬ目をこすり、ボーっとして待つが、いつまで経っても母は来てくれない。 いつも騒がしい弟の声も聞こえない事に気付く。 また寂しくなって 「おかあさーん」 と、もう一度呼んで、母の声を待つ。 「としゆきー、としゆきー」 僕の名前を呼ぶ母の声がした。 「としゆきー、としゆきー」 廊下に出てみると、その声は二階から聞こえてくるようだ。 でも二階は普段、母から絶対に行っては駄目と言われていて、階段を上る事さえ許されていなかった。 階段は、玄関の前、廊下と並んで走っている。 とにかく呼ばれているので廊下を歩き、玄関まで行って階段を見上げた。 家の電気はついておらず、階段の先は暗くて良く見えない。 「こっちだよー、こっちだよー」 呼んでいる。暗い階段の上から呼んでいる。 小さい僕には暗闇は怖い場所だったけど、その先には母がいるわけだから、勇気を出して上ってみた。 ギィー…ギィー… 不自然に大きな音がする。 怖くなって、手すりをギュッと掴みながら上った。 階段の先が見えてくる。 「おかあさーん」我慢出来ずに呼んでみる。 「こっちだよー、こっちだよー」そう答える。 その声は、階段を上った先の部屋の中から聞こえてくるようだ。 「なにー?」 上りきった僕は、扉の前で母に何の用かと尋ねた。 「とってー、そのかみとってー」 ふと見ると、扉と壁の間に目張りするように、何枚もの紙が張り付けてある。 一枚剥がしてみた。 「アハッ」中から笑い声が聞こえる。 剥がした紙を見てみると、何かの文字が書かれていたが、小さい僕にはそれが読めなかった。 「お母さん、これ何?」 「もっと。もっと」 聞いて見たが、もっと剥がせと促すばかりだ。 母が剥がせと言うので、とにかく一枚一枚剥がして行った。 「アハッ、アハハッ、アハハハハッ」 剥がすほどに母の笑い声は大きくなった。 「剥がしたよ」 そう伝えると、ドアノブがガチャガチャガチャガチャと動いた。 そしてしばらくの沈黙の後。
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