第1章

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「まだだよ」と言った。 怒った声だった。 そう、扉の上方に貼られた紙は、小さい僕には剥がせなかったのだ。 「だって届かないよ」 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ ドアノブを回そうとする音が狂ったように響く。 ピタリと止まり。 「あけてー。としゆきあけてー」 優しい声に戻った。 「でも…」 「あけてー、あけてー」 ドアノブに手をかけると、向こう側から強くドアノブを握っている感触が伝わる。 そんなに開けたいなら自分で開ければ良いのに。 僕に開けられるならお母さんにも開けられるに。 そう思った。 ドアノブを回し、扉を押すと、ビッと紙が少しだけ破れた。 ただ貼ってあるだけだから、やっぱり簡単に開けられる。 「ただいま」 母が帰ってきた。 アレ?とドアノブから手を離す。 玄関の扉を開き、零れた光に照らされた母と弟の姿が階段の下に見える。 弟を連れて買い物に出掛けていたのだ。 ドンッ! 扉を叩く大きな音が聞こえ 「クソッ」と呟き、声は消えた。 それはもう母の声ではなく、地を響かせるような重苦しい声だった。 「コラッ!早く下りてきなさい!」 階段の上にいる僕を見て、母が怒った。 「だってー、お母さんがこっち来てって…」 恐くなって泣きべそをかきながら下りて行き、さっき起こった出来事を説明したけど、夢でも見てたんでしょと言って相手にして貰えなかった。 次の日、階段を見上げて二階の扉を窺ってみると、剥がした紙が元に戻っていた。 それとも本当に夢を見ていて、最初から剥がしてなんていなかったのだろうか? あの時、母が帰って来なかったら、扉を開いていたら中には何がいたのだろう? それからはいつも買い物に連れて行ってくれるようになったけど、その後すぐに引っ越してからは、また留守番をさせられる事が多くなった。 その家がどこにあったかは、今はもう覚えていない。
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