降り注ぐ光の下で

18/26
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
入口で慌てて香織に声を掛ける私の耳に、体育館中に響く程大きい声で叫んでいる男の人の声がいやでも聞こえた。 「ヒロ!ヒロォ!モデルだ、モデルが来ているーっ!」先ほどの漁師風の人が、体育館の壁の上部にぐるりと取り付けられた二階の高さの通路に向かって叫んでいる。「すっげー、実在したんだ、そっくりじぇねえか」  通路の奥にいた宝木くんが手すりまで出て来た。下を覗き込むと、ぱっとお腹を手すりに押しつけて、できる限り体を折り曲げて下に向かって叫んだ。 「リョウ、捕まえててっ!いま、今すぐ降りるから!」  慌てた宝木くんの声にきょとんとする私の後ろ、出入り口を塞ぐ形に、リョウと呼ばれた人が回り込んだ。 「もうっ!さっきからなんですか、すごく失礼ですよ、あなた…」  香織の抗議は、奥の階段をバタバタと音を立てて駆け下りて来た宝木くんの登場で引っ込んだ。 「ごめん、ありがとう」  リョウと呼ばれた人と同じ柄の手ぬぐいを首に巻き、蛍光カラーの迷彩色のTシャツを着て、裾がボロボロにほぐれた膝丈のデニムパンツを穿いた宝木くんが硬い声を出した。 「ありがとう、連れて来てくれて」  二度目のありがとうは、香織に向けての発言だ。 「んじゃ、少し席はずすか?俺ら…」  宝木くんが黙って頷くと、リョウと呼ばれた人は香織の手首をいきなり掴んだ。 「!」  驚く香織が振り払う間もなく、グイグイと引っ張られて体育館の外に向かう。 「えっ、ちょっと、香織…」  慌てて追いかけようとした私は、後ろから宝木くんに抱きすくめられる。腕の熱さと汗の匂いに、瞬時に動けなくなった私の目の前で、体育館の扉が重そうな音を立てて閉じられた。空気が動かなくなり、音が無くなった。 「ありがとう、来てくれて」耳元で囁かれたら、くらくらした。「見て!」  一言言うと私から離れ、宝木くんは走って体育館の真ん中に立った。足を大きく開いて立ち、両腕を指揮者のように左右に開いた。  都心の小学校らしい、小さな体育館だった。バスケットコート一面取るのがやっとのその広さで、入口と反対側に小さな舞台がある。そこに三枚、十二号くらいの油絵がイーゼルに立てかけてあった。 私だった。  真っ直ぐ立って、私がこっちを見ている。泣き出しそうな瞳。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!