降り注ぐ光の下で

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その右隣には、私を背中から捉えた画。ほとんど等身大の私は、見返り美人のようなポーズで、困った顔で少しだけ笑っている。  左隣りの私は、椅子に座って画を描いている。向かい合った画布を突き抜けそうな強い視線。  驚いて宝木くんを見ると、まだまだ、こんなものじゃないよ、という表情で、先ほどと同じ姿で、左右を指差している。  指差している先を見て息を飲んだ。  右も左も、二階の手すりから太いワイヤーを伸ばして、大きなキャンバスを固定している…その画の題材は、全て私だった。  入って来た時に、何で気づかなかったのだろう。二階部分に大きく取られた窓から、夏の明るい日射しが降り注ぎ、沢山の私を明るく浮きあがらせた。  冬のモンマルトルの石段の上に立ち尽くす私、満開の桜並木の中から走って来る私、麦わら帽子を被ってひまわり畑に居る私は、上から眩しい日の光を浴びて笑っている。緑の芝生の上に寝転がる私、夏祭りの夜、浴衣を着てモデル立ちをしている私、海辺にたたずむ私、クリスマスイルミネーションを見ている私、私、私、私…。 「ごめん」驚いた私に、宝木くんが口を開いた。「一緒にいたいんだ」  いきなり汗が噴き出て来た。  外で鳴き始めたセミの声が、ひどく激しく聞こえる。  恐る恐る、宝木くんが私の右手を握った。 「島でスケッチしていると、ゆいちゃんを思い出した。あの枇杷樹の陰から顔を出しそうだな、とか、光りながら空を横切った鳥の姿はまるで俺から全速力で逃げるゆいちゃんみたいだ、とか、海老菜の花びらのきれいな紅色はゆいちゃんにゼッタイ似合うな、とか…」  握った手をゆっくりと引っ張って、すごくゆっくりと抱き寄せられた…まるで、私が嫌なら逃げられるように、その選択肢を残してくれたように。  汗の匂いが強くしたのに、ちっとも嫌じゃなかった。  宝木くんの腕の中でゆっくりと目を閉じて、声を静かに聞く。 「いつも、いつも、だよ。いつも、ゆいちゃんが出てくるんだ。だから、島の風景を一枚仕上げると、同時にゆいちゃんオンリーの画も一枚描けた」腕の力を少しだけ緩めて、胸の中の私の顔を窺う。「逃げるなら、今だよ」 「宝木くん?」  驚いて見上げる私は、宝木くんの瞳に捕まった。
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