第1章

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 全力疾走していた太陽が立ち止まったのは、うっそうと木々が生い茂る林の前。都会のど真ん中でよくこんな場所が残っていたものだと感心してしまう。  しげしげと珍しげに眺めていると、今にもその場に倒れそうなほどばてた秀也がようやく追いついた。膝に両手を当ててぜいぜいと息を切らしている。出校日の朝と全く同じ光景だ。  「ここが涼しくて静かで、勉強ができる場所なんだってさ」  「正確に言えばこの中にあるんだけどな」  その言葉を聞いて秀也の目が見開かれる。何か言おうとするように口を開いたが、言葉より先に大きく咳きこんだ。喉を潤すように何度かつばを飲み込んで、秀也は改めてくわっと大口を開けた。  「ふざけんなよ! なにが悲しくてこんな熊でも出そうな場所に入んなきゃいけないんだ!」  「ばっかだなー。都会のど真ん中に熊なんているわけないだろ」  そんなことも知らないのか、と歯を見せて笑う太陽に秀也は青筋を浮かべて太陽の膝裏を蹴りあげる。  「熊は冗談にしても、この中に入るのは結構きついんじゃないかな?」  生い茂った木々は陽光をさえぎって、数メートル先の様子も見えない。舗装された道どころか獣道すら見あたらない中で迷えば、ちょっとした遭難騒ぎになりそうだ。  「それに誰かの私有地かもしれないだろ。見つかったら面倒なことになる」  秀也の言うことももっともだ。そもそも誰かの私有地でもなければこんな広大な土地が都会のど真ん中で遊んでいるはずはない。だが太陽はきょとんとした顔をして首を傾げている。  「何度もここに入ってるけど、迷ったことも見つかったこともないぞ。相変わらず心配性だなふたりとも!」  やはり太陽は太陽だ。この友人に慎重さなんてかけらも備わっていない。ちらりと横を向くと秀也が片眉を上げて視線でお前が何とかしろと訴えてきた。  「ま、ここまで走ってきて引き返すのもしゃくな気がするし。太陽について行ってもいいんじゃないかな?」  「だよな! さすが裕太、お前ならそういってくれると思ってたぜ!」  飛び跳ねて喜ぶ太陽とは正反対に、秀也は信じられないものをみるような目で裕太を見つめる。  「お前本気か? こんな何が出るかもわかんないような林の中に入るって? 暑さで頭やられてるだろ!」  太陽の側につかれるとは思っていなかったようだ。秀也は必死で説得にかかる。
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