第1章

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 秀也の言ってることは正論。だが、彼には申し訳ないことに少しわくわくしていた。こんなに深い森は盆休みに帰った祖母の田舎くらいでしか見たことがない。  水たまりに落ちたしずくのように、好奇心は全身に波紋を広げていく。  「落ち着けよ秀也。いくら何が出るかわからないっていっても山の中とは違うんだ。そんな突拍子もないものなんて出てきやしないさ」  秀也は嫌だろうが、出てきたとしても巨大ムカデがいいところだろう。太陽が期待するような目でこちらを見ながらうんうんと大きく頷く。  「それにさ、ちょっとおもしろそうじゃん?」  にやりと笑ってみせる。秀也は肩を落として大きなため息をついた。  「……わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」  投げやりな返事ではあったが、同意には違いない。太陽の顔はきらきらと輝いていた。  「じゃあさっそく行こうぜ! こっちだ!」  ふたりを気にすることもなく暗い林の中に太陽が飛び込んでいった。裕太もそれについて行くように飛び込む。「また走るのか」とうんざりしたような秀也の声が聞こえた。  林の中は外から見ていた以上にうっそうとしていた。手入れされていない木々の枝は予想もしないところから飛び出し、少しでも気を抜けば服をひっかけたし、落ちた枝葉が完璧に堆肥化していないせいで足元が安定しない。気を抜けば足を取られてころんでしまいそうだ。  それなのに先を行く太陽は平地で走るのとほとんど変わらない早さで進んでいる。その背中はどんどん遠くなり、生い茂る木々の間に今にも消えてしまいそうだ。ひたすら太陽の背を追っているうちに裕太の方向感覚はめちゃくちゃになり、いったいどこから入ってきたのかもうわからない。都会のど真ん中で遭難だなんて笑えない話だ。  「早すぎるよ太陽!」  こんなところで案内役を見失ってはたまらない。大声に気づいた太陽が一瞬立ち止まって振り返る。  「だいじょーぶだいじょーぶ!」  また走り出したのか、背中がどんどん遠のいていく。何が大丈夫なのか全くわからない。何を言っても無駄だと悟り、その後ろ姿を見失わないように必死でついていった。  枝に腕や顔をひっかかれ、無数のヤブ蚊に刺されながらもひたすらに走る。すると、無数の光が頭上からさしていることに気づいた。みっちりと空をおおっていた枝葉は進むほどに減っていき、暗闇に変わるように木もれ陽がひろがっていく。
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