第1章

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 裕太は心なしか顔を青くした秀也の肩をたたいた。  「まあ、あきらめよう」  かくして、足取りの重い秀也を引っ張りながら三人は帰路についたのだった。  人の手を借りてではあったがなんとかノルマはクリアすることができた。おかげ無事に夕飯も食べられ、汗やら泥やらで汚れた身体を洗うこともできて気分がいい。  今朝ぶりの懐かしいベッドに飛びこむと、かたわらの机に置いたドリルに手を伸ばす。みごとに埋まっている回答欄を見ると、胸にじんとくるものがある。  しみじみとした気分に浸っていたかったが、遅くまで起きているとまた母の機嫌が悪くなる。夜中に外へ放り出されるのは避けたいところだ。ここはおとなしく寝ようとノートを閉じる。すると、どこかからはらはらと落ちたものがあった。  ゴミでも挟まっていたのかとベッド上から見下ろすと、見覚えのある桃色の葉が一枚。それはあの広場でみたタラヨウらしき葉だった。秀也が持っていた葉とはまた別らしく、裏には何の字も浮かんでいない。  なんとなしに拾い上げたそれを見ていると、ちょっとした好奇心がわいてきた。いそいそと寝転がっていた身体を起こしてベッドに腰掛ける。勉強机にころがっている、インクのでなくなったボールペンを手に取った。無意味に姿勢を正して小さく咳払いをする。ドリルを下敷きにしながら、薄桃色の葉にその先を当てた。  ゆっくりと、一字一字丁寧に。すると昼間に秀也がやって見せたのと同じように、鮮やかな桃色が葉に浮かび上がってきた。  『加地 小百合』  深く考えもせずに書いた名前を見て顔がにやける。その文字が茶色く変色するのとともにだんだんと顔が熱くなり、身体中がかゆいような気恥ずかしさを感じてドリルと一緒に机へ放り投げた。  今日はいい夢が見れそうな気がする。  こころなしか早くなった動悸を感じながら電気を消し、裕太は改めてベッドにもぐりこんだ。  空が紅く染まった街。夕陽色に染められた道路を、少女が不安げな顔をして歩いている。きょろきょろとあたりを見渡して唇を震わせる。何か言っているようだ。けれどなぜか声が聞こえない。しばらく見ていると、少女はうずくまって動かなくなった。泣いているのだろうか、ときおり肩が大きく震えている。
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