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「いえ、裕太と一緒に勉強をすることになったので、いっそのこと太陽も一緒にと思って」
秀也の言葉に、にかにかと笑っていた大男はまたたくまにしかめっ面に変わる。眉間にしわを寄せると、身体の大きさとあいまって迫力があった。喉の奥から唸り声まで聞こえてきて、その体躯と相まって彼のことをよく知らない人間が見たら硬直してしまいそうだ。
「勉強だあ? 子どもは外で遊んでりゃあいいんだよ。昔から言うだろうよ、子どもは風の子ってな。家ん中引きこもってたらカビがはえちまう。それに太陽は将来この店を継ぐからな。少々おつむが弱くてもやっていけらあ」
俺もそうだったしな、と白い歯を見せ、にかっと笑う。彼の言葉に後ろで作業をしていた従業員は「ちげえねえ」とゲラゲラと大きな笑い声を上げた。
「またあんたたちはそんなこと言って! だから太陽はあんたらに似て馬鹿なんだよ!」
作業場の奥からふくよかな女性が足音をならしながら出てきた。鼻から湯気が出そうなほど息巻いている。
「まったく。勉強ができなくて困ることはあっても、できて困ることはないって何度も言ってるだろう」
大柄な熊のような男も、機関銃のように責め立てる女房には勝てないようだ。下から睨みつける視線から逃れるように顔を背けて頬をかいている。
「いつもありがとうねふたりとも。今つれてくるから、一緒に勉強させてやって」
夫へと向ける表情とは真逆のにこやかな笑顔を見せると、彼女は再び奥へ姿を消した。妻の姿が見えなくなった男は苦笑いを浮かべ、もう一度二人の頭を鳥の巣にしてから仕事へ戻る。
しばらくすると、先ほど奥から弾丸のように飛び出してきた太陽が勢いを殺すことなく突っ込んできた。
「お前ら来るのが遅いんだよ! ほら行くぞ!」
ろくに言葉を交わしもせず、サンダルをひっかけて手ぶらで出ようとするその頭に鉄拳が落ちた。裕太は朝の痛みを思い出して思わず頭をさする。だが太陽離れているのか、けろっとした顔で自身の母を見上げている。
「一緒に宿題させてもらってこいって言ったばかりだろう! お前の頭は鶏かい!?」
太陽の胸にカバンが押しつけられる。心なしか自分たちが持っているカバンよりも中身がつまっていて重そうだ。
「この機会に今まで大事にため込んでた他の宿題も教えてもらっといで! 終わるまで帰ってくるんじゃないよ!」
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