第1章

9/203
前へ
/203ページ
次へ
 できれば太陽の家で宿題をと思っていたが、「こんなうるさいジジイどもの近くじゃ集中して勉強なんかできやしないよ」と一刀両断され、今度は太陽も一緒に炎天下の中に放り出されることになった。  立ち止まっているとよけいに暑いため、じりじりと肌を焼く陽の下をとぼとぼ歩く。あまりの温度と湿度に体力が削られる中、太陽だけがいつもと変わらずうるさいほどに元気だ。木にとまる蝉を見つけては片っ端から捕まえ、勉強道具の詰まったカバンの中に入れている。秀也は秀也で太陽のカバンの中で鳴く、くぐもった蝉の声を聞く度になにか渋いものを食べたかのような顔をしている。  「やっぱり勉強するなら図書館かな」  どの家にも入れてもらえないとなれば、残っているのはそこしかない。節電のために空調は控えめだが、上からも下からもオーブンのように熱せられる屋外よりはましだ。しかし秀也は顎で太陽を指してすぐに裕太の案を却下した。  「太陽みたいに足のついたスピーカーを連れていってみろ。俺たちまで二度と入れてもらえなくなるぞ」  裕太は思わず押し黙る。否定できないのが辛いところだ。彼の家を出てから五、六分。彼は一度もまっすぐ歩くことなくあっちへふらふら、こっちへふらふら。一度、蝉を見つければ手をのばす。高い場所にとまる蝉を見つけて猿のように木を上ろうとしていたが、それは裕太が必死になって止めた。公園のような場所ならいざ知らず、人通りのあるの街路樹に昇るなど注目の的だ。  太陽はカバンの中にセミを入れる場所がなくなったのか、今度はTシャツに蝉をくっつけだした。太陽の胸元でジージーと鳴くアブラゼミに裕太も顔をひきつらせる。  「……無理、だね」  だろ、と秀也も頷く。  「っていうかさー、秀也んち行けばいーじゃん。すっげーでかい家なんだろ!俺一回みてみ」  「俺の家の中にその気色悪い生き物を一匹でも入れてみろ。お前とは今後一切口を利かないどころか目もあわせねーからな」  秀也の冷たい目が太陽の胸元に突き刺さる。えー、声を上げて抗議しながら近づく太陽に比例するように秀也は何歩か後ずさった。  とにかく、思いつく場所はすべてNGだ。図書館は太陽がいる限り問題外。そして自分と太陽の家はノルマをこなさない限り入れてはもらえないし、秀也の家は本人に入れる気がない。  「ある程度涼しくて、静かで、勉強するスペースがある場所か……」
/203ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加