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ふっと間近に聞こえた声に顔を上げる。そこには黒地に縦縞が入っただけの簡素な着物を身につけた女性がいた。東雲に耳打ちされていた彼女だ。一重まぶたの目は切れ長で、わずかにつり上がっている。だがその顔を構成する部品の一つ一つが美しい。きんと冷たい氷水のような女性だと思った。彼女の後ろには大柄な男が控えている。その姿を目にした途端、ただ男がいるというそれだけで、華の身体は堅くなった。
「まったく、なんであちきがこんな小娘を……」
そんな華の様子を知ってか知らずか、彼女は口の中でぼそぼそと何事かつぶやくと、面倒そうに頭を降った。
「東雲があんたと話したいとさ。ついといで」
冷めた目でそう言うと、華の返答を待ちもせずに背を向けていってしまう。だが突然の言われてわかりましたと着いていけるはずもなく、華は何度か瞬きをしてその後ろ姿を見送ってしまった。
「怪我、してるのか」
女に着いていくことなくじっと花を見下ろしていた大柄な男が華の足下に身を屈める。がっしりとしたその体格に男を感じ、思わず身を引いた。
「なにちんたらしてんだい。あちきも暇な訳じゃないんだよ」
華が着いてきていないことに気づいたのか、女がつり目をさらに引き上げて戻ってきた。
「お陽、こいつ足から血がでてる」
「はあ?」
陽と呼ばれた彼女の視線が涙で乾いた華の顔から泥だらけのパジャマへ移り、血を流し続ける足でとまる。すると再び面倒そうにため息をついた。
「……佐吉」
彼女に名を呼ばれると男は一つうなずき、華をかつぎ上げる。腹の下に感じる男の肩に、華の血の気が一気に下がった。
「っいや!」
何とか逃れようと手足を必死に動かす。だがどんなに暴れても屈強な彼はびくともしなかった。暗い道で押し倒されたさまざまな感触が脳裏によぎり、華の心を荒らしていく。それをおさめたのは意外にも華をかつぎ上げている佐吉だった。
「……何もしない」
彼の肩越しに逆さまになった佐吉の顔を見る。その顔は無表情で、感情など一つも見えない。だがなぜかその低音は真を持って華の心に響いた。
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