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ぎしぎしと鳴る階段を上り、ふすま越しのくぐもった笑い声が響く二階の廊下を通る。佐吉はずいぶんと奥まで進み、ある部屋の前で足を止めた。
「ここだ」
彼はそう言って襖の前で華をおろすと、振り向きもせずに来た道を戻っていってしまう。どうすればいいかわからず、引き留めようと無意識に伸ばした手を何もつかまず引き戻した。華の不安など佐吉が知るはずもなく、その背中はあっという間に消えてしまう。
小さく息をついてあたりを見渡した。廊下には所々に火の入った行灯が置かれている。火は意外と明るいものなのだと初めて知った。もちろん電気ほどとはいかないが、歩くのに困るほどでもないだろう。ゆらゆらと時に大きく、時に小さくなる光源は華の陰を頼りなく揺らす。
しばらく揺れる陰を見つめてぼうっとしていたが、大きな膳を抱えた陽が廊下に座り込む華を見てまた眉をつり上げた。
「そんなところにいたんじゃ邪魔で仕方がないよ。とっとと部屋に入りな」
犬か猫でも追い払うように手で払うと、陽は誰の部屋ともしれない襖を開けて中に入っていく。邪魔だと言われていつまでもうずくまっているわけにもいかず、おそるおそる背中を当てていた襖を開けた。
中は暗闇だ。ろうそくの一本もたっていない。そのかわり、ふわりと優しい香りが華を迎えた。祖母の扇子であおいだときのような、柔らかくてほのかに甘い匂い。暗闇にあっても、その香りに包まれると不思議と安心する。
中に入って襖を閉めると廊下からの光も遮断され、自分の手のひらも見えないような闇に包まれた。しばらくすると目が慣れ、ぼんやりとものの形が浮かび上がる。だがそれでも輪郭がわかる程度だ。
何か壊したりしないようにと、自由にならない足で這う。周りに物のない壁の隅まで這って再びうずくまった。
一人で静かな場所にいると、自分の望むと望むまいといろいろな考えが内から浮き上がってくる。美しい桜。妖怪のような白塗りの女。そして簪を突き立てた男の、殺意がにじむ顔。その表情を鮮明に思い出して背中にぞっと冷たいものが落ちた。あわててめまいがするほど頭を降り、その記憶を奥へ沈める。ぎゅっと膝を抱えなおし、ただひたすら夢が覚めるのを願った。
閉じていた瞼にちらちらと光が移る。淡くもまぶしいその光に、華は目を開けた。
「明かりもつけずに待っとりんしたか」
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