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軽く驚いたように声を上げたその人は、廊下の明かりを背に受けて簪を光らせている。彼女は顔だけを廊下に出して人を呼び、室内の行灯に火を入れさせる。ゆらめく明かりが薄ぼんやりと室内を照らした。
美しい女(ひと)の顔が浮かび上がる。うっすらと白粉を塗った肌は真珠のように白く澄み、真紅の紅を引いたその姿は、間近で見ると迫力すら感じる。彼女は火を入れ終えた男が廊下へ出ると、まじまじと華を頭から足の先まで観察した。
「道中で見たときも思いんしたが、主は珍しい格好をしとりんすなあ」
軽く目を見開いた彼女が浮かべる笑みには道中で見た艶やかさはない。むしろおもしろいものを見つけた少女のようにあどけない、幼い笑みだ。そして視線を華の足でとめ、美しい眉間に谷を作った。
「陽は佐吉に手当もさせなんしたか。ほんに何というか……」
東雲は長い裾をものともせずにさばいて歩き、漆で塗られた長方形の箱を開けて中を漁る。しばらくすると小さな瓶を抱えて華の足下に膝をついた。
不思議そうな華の視線に気づいたのか、東雲はいたずらっぽく笑みを浮かべる。
「大吟醸じゃ。勝手から少しだけ拝借しとりんす。長持にでも隠しておかねば、すぐに露見してしまう。一人でちびちび楽しむのもここでは一苦労でありんす」
東雲がふたを開けると、メロンのような桃のような甘い香りが漂う。それを柄杓から口に含んだ東雲は、ぽかんと間抜けな顔をしている華の足へ吹き付けた。
「っうあ!」
痛みが治まりかけていた傷に激痛が走る。少々のことで泣くような年齢ではないのに、目の前が白くなるほどの痛みに生理的な涙が浮かぶ。思わず足を引きかけたが、東雲の手はそれよりも早く華の足首をつかんだ。
「少々痛いだろうが、もう少し我慢しなんし。そのままにしておいたら、あとで熱が出るかもしれないからね」
全く陽に焼けていない白い手が手早く傷の手当てをしていく。細くて長い指はあっというまに白い布を華の足に巻いて固定した。
「さあ、できんした。佐吉も陽も悪い人間ではありんせんが、こと仕事以外となるとどうも気が利かない質でね。許してやっておくれ」
その言葉に首を横に振る。そもそも彼女らがここに連れてきてくれなければ、今頃道のど真ん中で途方に暮れていたことだろう。
「とんでもないです。……あの、助けてくれて、ありがとうございます」
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