第1章

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 桜が舞い散るなか、凛と背を伸ばして立っていた東雲の姿が瞼に浮かぶ。黒く光る三枚歯の駒下駄を履き、優雅に足を進める姿は華の眼に焼き付いていた。  あのとき東雲が通らなければ、そして彼女が刀を抜いた男に声をかけなければ、冷たい刃は容赦なく華の身体に突き立てられていただろう。それを想像して鳥肌がたった。  「いや、たまたま気が向いただけじゃ。それに、ぬしと少し話をしてみたいと思いんしてな」  片手を袂にいれ、するりと何かを取り出す。東雲の手にはつるりとした表面に行灯の光をうけて淡く光る、玉ガラスの簪があった。  「この簪、ぬしはどこで手に入れた?」  学校近くのアンティークショップで。と素直に言えたらどれだけ楽か。夢とはいえ、パジャマ姿で異人かと疑われ、蔑んだ目でみられたのだ。この美しい女(ひと)に、そう思われるのは嫌だった。  「普通のお店で、買いました」  「ほう、店で。ぬしのような年頃の娘なら、もすこし派手な物を選んでも良さそうだが」  華のことを年頃の娘と評するほど東雲が年上には見えない。仮に年上だとしても二十代前半といったところだろう。東雲の髪には玉ガラスの簪などかすむほどの、鼈甲と思われる簪が何本も刺さっている。よく見れば、その中の幾本には細かい花の模様まで彫り込まれていた。和小物に詳しくなくとも、そうとうに高価なものだとわかる。  「そう言われても……。ただ、欲しいと思ったので」  なぜこれを選んだかと言われても困る。自分の好みを相手に理解してもらうことは存外難しいものだ。好きな物は好きだし、かわいい物はかわいい。だが同じものを見ても違う感想を持つ者は多くいる。芸術家でも作家でもない華には、それをどう表現したらいいものか全くわからなかった。  頭を悩ませる華の顔を見て、東雲が「ふうん」と吐息混じりの声を出す。その表情は佐吉のような無表情ではないのに、何を考えているかわからない不思議な表情だった。  「……悪いが、この簪をわっちに譲ってはくれぬか」  華の茶色がかった瞳を、東雲の真黒の瞳がまっすぐ射抜く。その黒は濃く、深い。  「ぬしの命を助けたのじゃ。これくらい安ものいと思うが」  真っ赤な口元が弧を描く。ついさっき少女のような笑みを浮かべていた東雲は、一瞬にして妖艶な美女に変わった。
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