第1章

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 夕暮れの道を駆け足に近い早歩きで行く。早春の強い風が制服のスカートをゆらした。  扉を開けると、ドアベルの涼やかな音が来客を知らせる。二週間ほど前にできたばかりのアンティークショップ。アンティークにしては求めやすい手ごろな値段の品物も置いてあることから、友人たちの間ではひそかにはやっている。そんな店内にはすでに何人かの客がいた。だが混雑のピークは避けられたようだ。華はほっと胸をなで下ろす。  比較的安価なアクセサリーの前で楽しそうに声を上げる他校の生徒をすり抜け、人もまばらな和雑貨へと足を向けた。  年末くらいしか会うことのない歳の離れた従兄弟が結婚すると知ったのは二ヶ月前。招待状には神前式と書かれてあった。神社に行くのならやはり和服。そう言ったのは母だ。成人式で着るはずの藍の振り袖。予行練習も兼ねて着ればいいと母に同意したのは父。和服は着るのに時間が掛かるし、動きまわるのに不便だ。だが、二親の期待に満ちた視線を振り払うのは良心が痛んだ。  ――それに、あの和服を着るのも悪くはない。  祖母が仕立て、母が成人式で着たという振り袖。藍地に大輪の白百合が刺繍されたあの振り袖は、身びいき抜きに見ても美しかった。  香炉、縮緬のがま口、扇子。和小物が勢ぞろいする一角。  そのなかでもひときわ目をひいたのは精巧な柄の入った櫛だ。中央に船を描いたガラスが埋め込まれた飾り櫛。丹念に磨き上げられたであろうそれは暖色の照明をうけてつややかに光り、ため息がでるほど美しい。だが華はその値札を見て目を逸らした。――到底高校生が手を出せる金額ではない。  アクセサリー探しをはじめたのは一月以上前。大型ショッピングモールや街の雑貨屋にも足を運んだが、どれもしっくりくるものがなかった。普段使いのアクセサリーとしてなら一軒目の店で気に入ったものを見つけられただろう。だがあの振り袖に合うものをと思うと、どうにもしっくりこない。少し値が張ってもいいから早く決めてこいと言われたのは今朝のこと。婚式まであと一週間もないのだ。急かされても文句は言えない。  さすがはアンティークショップ。古ぼけた品物も多いが、決して汚らしいわけではない。そこにあるのは深みのある人生を送ってきた老人にも似た、柔らかくも芯の通った存在感。だが、やはりいいものには値段にも存在感があった。ゼロの連らなる数の羅列に頭が痛くなる。
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