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キッチンから出てきた母がテレビを見ていた父にサラダボウルを押しつける。華も言われたとおり箸と茶を用意した。今日の夕飯は父の好物、生姜焼き。いつもは父に小言ばかりぶつけている母だが、早く帰ってきたときに好物を用意するあたりがなんとも彼女らしい。
三人がそろったところで手を合わせ、夕飯に箸をつける。華はボウルから小皿にサラダをとりわけ、レタスを口に放り込んだ。
「ちょっと、トマト避けるんじゃないの」
母が横からトマトを一切れ華の皿にのせる。その瑞々しい赤に華は軽く舌を出した。
「せっかく接地面積の少ないところ取ったのに……」
「華、接地面積っていう言葉は違うぞ。そもそも接地って言うのはな」
「あーはいはい。ごめんなさーい」
建設会社に勤める父は変なところで細かい。適当にあしらいつつ、お茶でトマトを噛むことなく飲み込んだ。
「お母さん、今日簪買ってきたんだ。結婚式の時は着付けしてくれるんだよね?」
今は専業主婦として働く母は、かつて呉服屋で働いていた経験があるらしい。そのおかげで振り袖も浴衣も、和服の着付けは全て母にやってもらっていた。
「やってあげるけど、当日はあんまり動きまわらないでよ? 型くずれしちゃうから」
七五三のときに走り回って、と続く小言を適当にあしらいつつ、ボウルに入っているトマトを自分の皿に盛られる前に全て母の皿にのせた。
「さっぱりしたあ」
パジャマ姿でベッドに倒れ込む。風呂から上がりの身体はぽかぽかと暖かい。
寝転がったままサイドテーブルに手を伸ばす。今日買ったばかりの簪を手に取り、小さなガラス玉の縁を指でなぞった。
「きみは、いったいどこから来たんだろうね」
骨董屋にあったということは、それなりに歴史のある物なのだろう。シンプルな割に薦められた紅珊瑚の簪とそう変わらない値段だった。いったいどこで生まれ、誰の手にわたって自分のところまでたどり着いたのか。
そんなことをぼんやり考えながら、華は眠りについた。
夢を見た。真っ白な夢だ。
どんよりとした厚い灰色の雲が地上に迫り、ひらひらと雪の花びらを地上へ散らす。
「やるよ。欲しかったんだろ」
着物姿の少年が、少女に何かを握らせる。少女が何か言おうと口を開く前に、少年は雪の中へ走り去る。少女はその姿を見つめながら、ぎゅうとそれを握りしめた
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