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重い瞼を持ち上げる。薄ぼんやりとした暗闇が華を出迎えた。布団で眠ったはずなのに節々が痛む。まるで疲れきって床で眠り込んでしまったときのようだ。ざらりとした砂利のような感覚を頬に感じ、不快に思いながら身を起こした。
暗闇に浮かぶいくつものほのかな灯り。それはあたりを余すことなく照らさんとする無粋な街灯とは違い、己のまわりをゆったりと照らす。照らされるのは淡い色。白のような桃のような色の花びらをたたえた、満開の桜並木。ごった返す人。
頬についた砂をはらうのも忘れ、華は眼前の光景に凍り付いた。
「……夢、だよね」
桜が中央に植えられた大通り。そこを通る人間は多様だ。子連れの家族。若い女性。壮年の男性。ありとあらゆる年代の和服を身にまとった人々が、頭上に咲き誇る桜に見入っている。
「お祭りか何か……?」
なぜか自分はパジャマのままだが、夢ならそれも仕方がない。目が覚めてから「いや、いくら何でもあれはないだろう」と、苦笑するのは自分だけではないはずだ。
顔やパジャマについた砂を落としながら立ち上がる。ポケット越しに硬質な何かが足に触れた。取り出してみると、緑色のガラス玉がついたあの簪だ。夢に見るほど気に入ったのかと苦笑し、再びポケットへ滑り込ませた。
足はなぜか裸足だが、夢ならば怪我もしないだろう。薄ぼんやりとした提灯や灯籠の灯りが暗闇を優しく照らし、桜の淡い色を写していた。満開でありながら、どこか控えめな印象をもたせる桜。もうあとは散るだけなのだろう、風もないのにひらひらと数枚の花びらが地へ落ちていく。
道の果てはどこにあるのか、暗闇のせいでよくわからない。青い竹で作られた生け垣の中に植えられた桜並木もどこまでも続いているように見えた。その美しさに魅了されるように、華は桜並木に沿って足を進める。
「……じゃないの?」
「……さか。……ころに……はずが」
「鬼……、見な……」
ふと、盗み見るようないくつもの視線に気づく。肩と肩が触れあうほど多くの人がいるのにもかかわらず、華の周りは彼女を警戒するように一定の距離をとられていた。
自分の夢だというのにままならないものだ。どういう時代設定かはわからないが、パジャマ姿の自分は異質らしい。夢とわかっているとはいえ、さすがにこうもあからさまに不審人物扱いをされると居心地が悪かった。
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