第1章

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 桜を見るのは諦め、できるだけ人目を避けるように裏道へ入る。提灯や灯篭が置かれているのは大通りだけなのか、裏道はまったくの暗闇だ。奥からはにぎやかな声がかすかに聞こえる。どこかの店の裏口でもあるのだろうか。  都会に暮らしていると本当の暗闇を見ることがない。二、三メートル先も見えない暗闇に怖じ気づきそうになるが、人の声が聞こえるだけで少し安心する。不安も感じたが、それを少し上回る好奇心が華の足を進ませた。  進むにつれわずかに聞こえていたざわめきもずいぶんと遠くなり、いつしか全く聞こえなくなった。好奇心に傾いていた天秤の比重は少しずつ不安の方へ傾く。やはり大通りへ戻ろうかと考えはじめたとき、淡い提灯の光が見えた。  ほうっと息を吐き、少しうるさくなりかけていた心臓を静める。そこは人が二人並んで通れるか通れないかの狭い板敷きの道だった。その狭さには閉塞感すら感じるが、長い一棟の家の戸口ごとにかけられた赤い提灯の光が華の心をなだめた。  『局』の文字が書かれた、細長い紅提灯。開け放たれた戸口の中には暗く狭い部屋が見えた。どうやら中には人がいるようだ。勝手に見てはいけないと思いつつ、夢の中ならという認識が華の気を大きくする。歩きながら中をさりげなく見ていると、ある部屋の人間が顔をこちらへ向けた。その顔に華の身体が硬直する。  塗りたくられた白粉。暗闇の中で顔を浮き上がらせるそれは、彼女の肌に刻まれた細かい皺を際立たせる。原色の赤に塗られ、かさついた唇は所々皮がささくれだち、美しいとはお世辞にもいえない。そこにうろんげな目があわさって、その様はさながら幽霊のようだ。  たらりと一筋の汗が頬を伝い、そのおかげで我に返った。勝手に凝らそうとする目をしかりつけるように顔を背け、足早に彼女の部屋の前を通り過ぎる。しばらく歩くと、戸口の閉まった家が多くなった。  「っくりした……」  思わず言葉が漏れる。白粉で化粧をするとあのようになるのだろうか。それとも、自分の知識のなさが夢にまで反映されているのか。どちらにしてもあまりいい気分はしない。
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