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大きく息を吐いて背筋を伸ばした。戸口が閉まっている家からは、ときおりうめくようなくぐもった声がわずかに聞こえるばかり。そろそろ目が覚めてほしいところだが、こればかりはどうしようもない。夢なんて覚めたくないときに限って早く覚め、逆に早く覚めてほしいときにはなかなか覚めないものだ。
これからどうしようかと思案していると、向かいから一人の男がやってきた。狭い道だ。華は相手の身体を避けるように片側へ寄った。だが男は通り過ぎなかった。華の目の前で足を止める。相手もこちらに道を譲ろうとしたのかと思い、華はもう一方の方へ再び身を寄せた。だがどうしてか、男もまた華が寄った側へ身を寄せる。
困り果てて華が顔を上げると、相手の顔が思ったより近い。興味深そうに華の顔を見つめる髷を結った男は赤ら顔で、妙に酒臭い。鼻と鼻が触れ合いそうなほどの距離に思わず身を引こうとすると、男が華の肩をつかんだ。
「ん?? めずらしい格好した奴だな。異人か?」
「ち、違います」
ぎり、と男の指が肩に食いこむ。その力は強く、華は微動だにできない。動けないながらも目をそらすと、男が腰に差している刀が目に入る。大小二本の刀はお互いの鞘をぶつけあって小さく音を立てた。
「まあ、こんなとこにいるってこたあ女郎なんだろ? 買ってやるよ。部屋はどこだ」
買う?
人に向かって言うには物騒な言葉だ。だが人に対して使うとしたら用途は限られている。奴隷のように私物化されるか――身体を売らされるかだ。
ざっと血の気が下がった。これが夢だと言うことも忘れて、腕を引こうとする男に本気で抵抗する。
「や、やめてください!」
だがその抵抗をどう思ったのか、赤ら顔の男はにたりといやな笑みを浮かべた。
「おお、いいね。抵抗されるとよけいにその気になる」
どんなに足を踏ん張っても、女が男の力に太刀打ちできるはずもない。ざらついた板の上につっぱった素足がこすれる。最初は笑みを浮かべて面白がっていた男も、抵抗を続ける華にとうとうじれたらしい。いらだたしげに舌打ちすると、急に荷物のように片腕で華をかつぎ上げた。
「いいかげんにしろ! たかが女郎のくせに、渋ってんじゃねえよ!」
罵声を浴びせられ、思わず身体を堅くする。
これから自分はどうなるのか。
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