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華にはその鳥居が夢の出口に思えた。地獄に垂らされた一筋の蜘蛛の糸をつかむような気持ちで鳥居をくぐろうとする。
だが、華の足は一歩たりともそこから出ることはなかった。目の前に立ちふさがる男。先ほど逃げてきた男よりもさらに屈強な身体をした彼は、華と鳥居の間に仁王立ちしている。その手は何かを求めるように華の前へ延ばされていた。
「手形は」
事務的な声。鋭い目にひるみそうになるが、この男は危害をくわえようとしている訳ではなさそうだ。ただ何かを求めるように手を差し出している。
全力で走り続けていた華の息は話すこともできないほどあがっていて、問(とい)の意味を尋ねることもできなかった。そんな華の様子を見て何を思ったか、男は小さく息をついて手をおろした。
「手形がなきゃあ大門を通すわけにはいかねえ」
ちらりと華が目を横へ向けると、ちょうど数人の男たちが咎められることなく鳥居をくぐっていた。その視線に気づいた男は花が尋ねるより先に口を開く。
「男はいいんだよ。手形がいるのは女だけだ。見たところ見世の遊女でもなさそうだが、あとで面倒ごとになるのはごめんだからな」
乾いて張り付いたのどを何とか唾液で潤して口を開く。
「ほかに、出口は?」
進行方向を塞ぐ彼は怪訝そうな顔をした。
「あ? あるわけねえだろ。吉原だぞ。ここから出るには大門を通るしかねえ」
絶望。呆然として立ちすくむ。
確かに彼の言うとおり、黒い鳥居――大門以外は内からの逃亡を防ぐような高い塀になっている。
そんな、という声は言葉にならなかった。暗い路地から顔中を血だらけにし、片腕を押さえた男が現れるのが見えたからだ。
「おい番人! その女を捕まえろ!」
野太い声が響く。あたりにいた人間が何事かと声を発した彼を見た。
「は?」
唐突に言われた言葉の意味を理解できなかったのだろう。眉をひそめた番人に背を向け、華は再び走り出した。
「待て! 逃げんな女ぁ!」
怒声が背中を追いかけてくる。その声は近く、少しでも気を抜けば簡単に捕まってしまうだろう。腰に感じた体温のある重さと、触れた熱い物体の感触を思い出して戦慄した。疲れと恐怖で絡まりそうになる足を叱咤し、人の間を縫いながら走る。
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