298人が本棚に入れています
本棚に追加
「江越(えごし)課長。あの、これ……使ってください」
江越裕作(ゆうさく)の前に控えめな声とともにポケットティッシュが差し出された。
「――ん?」
「カレーが、顎に」
テーブルを挟んだ向こう側に座っている若い男が、ここですと言って遠慮がちに自分の顎をちょんちょんと指差している。
「……ああ、すまない。ありがとう」
江越はポケットティッシュを受け取り、顎にはねたカレーうどんの汁を拭った。
「カレーうどんって食べるの難しいですよね」
残ったポケットティッシュを受け取りながら、若い男が江越に微笑む。
こくりと首を傾げる様がまるで少女のように可憐で、江越は目の前で微笑んでいる人物が実は男で自分の部下である津川隼人(つがわはやと)だということを一瞬忘れてしまった。
「課長?」
箸を握ったまま動かない江越に津川が声をかける。
「――えっ? あ、ああ……いや、津川くんでもカレーうどんなんて食べるんだ」
「え?」
「俺のイメージというか、津川くんはカレーうどんというより……そうだな……苺と生クリームの乗ったフレンチトースト?」
「何ですかそれ」
江越の言ったことがよほど可笑しかったのか、津川がクスクスと笑う。
「イメージだよ、イメージ。津川くんってあまり男くさくないというか――あ、悪い意味じゃないぞ」
「わかってます。課長が人のことを悪く言うような人じゃないって」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を津川が人差し指の背で拭った。
「それに、男らしくないように見られているのは自分でもわかってるんです。外見が母にそっくりなせいで、小さい頃から男っぽくないってずっと言われてきましたから」
「津川くん……」
これでも一応、鍛えてるんですよとはにかむ津川。
目の前で健気に力こぶを見せようと頑張るその姿に、江越は軽口を言ったことをちょっぴり反省した。
最初のコメントを投稿しよう!