第1章

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「そろそろ出るか」  津川が食べ終わるのを待って、江越が席を立つ。 「お待たせしてすみません――あ、伝票は」 「いいよ。ここは俺の奢りだ」 「えっ、でも……」  戸惑ったように財布を手にする津川を制止し、江越が二人分の代金を払った。 「ごちそうさまでした」  店を出るなり、申し訳なさそうに頭を下げる津川に江越が苦笑する。  この春入社したこの新人は、最近の若者にしてはとても控えめだ。  だが言われたことはきちんとこなすし、物覚えもいい。控えめではあるが、真面目な仕事ぶりに江越はとても好感を持っていた。 「津川くんには、これから頑張ってもらわないといけないからね。これくらい安いものだよ」 「……ありがとうございます……嬉しいです」  江越が笑いかけると、津川は照れたように俯いてしまった。 (何だかなあ……)  たかだか数百円のことでこんな反応を見せられると、江越もどう返せばいいのか戸惑ってしまう。  江越は参ったなと頭の後ろへ手をやった。   「あの、僕……もっと仕事とか、たくさん覚えます! 課長から頼ってもらえるように頑張ります!」 「――あ、ああ」  胸元で手を組んだ津川が上目使いで江越のことを見上げた。   なぜだろう。江越にはこの新人のことが、たまに可愛らしく見えてしまうことがある。  津川がこれまで出会ったことのないタイプなので、ついつい目で追ってしまうのもあるが、江越に対して時折見せる照れたような表情であるとか、相手が男だとわかっているのにじっと見入ってしまいそうになる。 (いかん、いかん)  大学を卒業してから、何の伝手もなく今の会社に入社して十八年。  営業畑で外回りから始めて、仕事一辺倒で今までやってきた。  元々淡白な方ではあったが、四十になるこの年まで色っぽい話も数えるほどしかない。  男とはいえ新人が可愛らしいからといって、浮ついた気分でいてはいけない。  江越は雑念を払うようにぶんぶんと頭を振った。 「課長」 「――へ?」 「そろそろ戻らないと、昼休みが終わります」  ね? と津川が江越の方を向いて、こてんと首を傾げた。  到底、成人した男には見えない津川の姿に、江越の心臓がどきりと跳ねる。 「あ……ああ」  行きましょうと言う津川に手を引かれるまま、江越はフラフラと会社へと戻った。
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