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「出張ですか」
昼休みから戻ってくるなり江越は部長から呼び出された。
呼び出されたといっても、同じ室内で一メートルほど間隔をあけた隣の席なので、数歩歩けばすぐ部長のデスクの前なのだが。
「うん。来週末に新製品の展示会があるんだが、今度の展示会に合わせてK社が発表するキーボードとマウスがすごく話題になっているんだ」
これだ、と言って部長が江越に冊子を手渡した。
「キーボードとマウスですか。何か目新しい機能でも搭載されているんですか?」
「いや、特に機能面で注目されてるわけじゃないんだ――ほら、そこのページ」
江越がパラパラと冊子を捲っていると、あるページに差し掛かったところで部長が江越の手元を指差した。
「――――これ、何ですか? どんぐり?」
「いや、マウスだ」
「すごくリアルな作りですね。本物みたいだ」
「K社の専務がえらく力を入れたらしくて、見た目だけでなく感触なんかも本物のどんぐりみたいだそうだ」
「――はあ。女性や子供に受けそうですね」
部長はどんぐり型マウスをえらく気に入ったようで、江越が広げた冊子を指差しながら、いかにこれが注目を集めているのかを熱く語った。
(ただ、形がどんぐりなだけだろ。何がそんなにいいんだ?)
部長の手前、あまり否定的なことを言うのもどうかと思い、とりあえず江越は一所懸命に冊子を見ているフリをした。
「――というわけなんだ。人選は江越くんに任せるよ」
「え?」
「だから、私が君と行く予定だったんだが、急遽予定が入ってしまってね。そこまで重要な取引があるわけでもないし……いっそ今年の新人の中から誰か一人選んでもいいよ」
「はあ……」
江越が後ろを振り返る。
室内には部長と江越の机を一番奥に、向かい合わせにした机が三列、計六つの机の島が三つ並んでいる。
各島にそれぞれ新人が一名づつ座っており、江越から見て一番右側の島に津川がいた。
江越はとりあえず室内をぐるっと見渡してみた。津川と目が合う。
津川は江越と目が合うと、にっこりと微笑んだ。
(あー、出張の話、聞こえたのか……行きたいのかなあ。仕事頑張るって言ってたし)
津川以外のあと二人の新人の方へも視線を移してみる。
だが、残りの二人は江越と目が合うと、さっと顔色を変え俯いてしまった。
(ん? 今、目を逸したのか?)
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