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別段新人に厳しく接した覚えはないのだが、気づかないうちに江越は新人に対して何かやってしまったのだろうか。
「……うーん」
江越が首を捻る。
「どうする? 誰にする?」
「そうですね……それじゃあ、田中くんで」
「――ひっ!」
出張の同行に江越がもうひとりの新人、田中を指名すると、中央の島に座っている田中が怯えたような声をあげた。
声のした方へ江越が顔を向けると、何か縋るような目で田中が江越のことを見つめている。
(やっぱり、俺が何かしてしまったんだろうな。まあ今回の出張で腹を割って話してみるか)
津川がとても江越になついているため、江越もついつい津川ばかりに構ってしまっている。三人の新人みんな平等に接さないと、という考えからの今回の人選だ。
自分の選択に満足したように、うんうんと頷きながら席に戻った江越には、津川の刺すような視線から耐えるように、田中が自分の席で元柔道部の大きな体を目一杯小さくしていることなど、全く見えていなかった。
「――病欠ですか」
「うん。神経性の胃炎らしいんだけど、検査結果が思わしくなくて一週間入院することになったそうだ」
「そうですか……」
件の出張の前日、朝江越が出勤すると田中が緊急入院することになったと聞かされた。
言われてみれば、江越が指名した日から田中は元気がなかった。最近は食欲もなかったようで、元柔道部の逞しい体がスーツ越しでもわかるくらいにやつれていた。
(俺との出張、そんなに嫌だったのか……)
江越はため息をつきながら席についた。
実は普段あまり接することのない新人との交流を、江越はちょっぴり楽しみにしていたのだ。
(帰りに見舞いに行くか)
「江越くん――江越くん!」
「あ、はい」
田中の見舞いに何を持っていこうかと意識を飛ばしていた江越が、部長の声で我に返る。
「明日からの出張、どうする?」
部長に聞かれた江越が顔を上げた。
(津川くんと……鈴木く……あ、また避けられた。俺、そんなに嫌われてるのか……)
「江越くん?」
「そうですね、では今回は津川くんと行ってきます」
これ以上、新人から嫌われるのはさすがの江越にも精神的にキツい。
それならばと、江越は自分になついている津川と出張に行くことにした。
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