第一章 驟雨での出会い

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  放課後、夕方。井上あゆみは、神社の鳥居の下で途方に暮れていた。  十分前、アルバイト先のコンビニをクビになったからだ。 「キミさ、毎回、毎回、遅刻だよね。いらないから、そんな子」  コンビニの店長にそう言われてクビになった。  あゆみは心の中で思った。 (は―ぁ……。わたしの人生、本当にツイてないな)   しばらくの間、鳥居の下で佇んでいると、ポツリ、ポツリと雨が降ってきた。  あゆみは手のひらで雨を確認した。  いつもなら、国道沿いにあるコンビニのレジでただ何も考えず、海を見ている頃だ。彼女がバイトをしていたコンビニからは海が見える。海岸に沿って国道が走り、その国道脇にコンビニがある。   高校の授業が終わると、あゆみはそのままバイト先に向かう。 しかし、ついつい、放課後、友達との会話が長引き遅刻ばかりしてしまった。その結果がクビだ。   ポツリ、ポツリと降っていた雨は、次第に強くなっていった。あゆみは傘を持っていない。彼女は鳥居の真下に体を移動させて気持ちだけでも激しくなってきた雨を避けた。そんなささやかな抵抗を嘲笑うように、雨脚はどんどん強くなっていく。 「畜生!」   あゆみは思わず叫んでしまった。  と、その時、  「どこだ! あのクソババア!」    男の叫び声が、あたりに響き渡った。    あゆみの前を一陣の風が吹いた。    あゆみは背後に人の気配を感じ、振り返った。すると、そこに、一人の老婆が立っていた。その老婆は灰色の粗末な服に身をつつみ、長い白髪を後ろで結んでいる。    あゆみと目が合うと、ニヤリと口元を歪めた。それから、一瞬にして姿を消した。まるで手品のようだ。  しばらくすると、中年の男が息を切らしながらあゆみの前まで走って来た。    「はぁ、はぁ、はぁ――。お、お嬢さん、婆さんを見ませんでしたか? 薄汚い恰好をした年寄です。その婆さんは万引き犯なんですよ」   その中年の男は、そう言った後で、再び「はぁ、はぁ」と息を切らした。ここまで全速力で走ってきたに違いない。  あゆみは、黙って、適当な方を指差した。  男は短髪をかき上げて、「ありがとう」と言って、あゆみが指差した方に走っていった。  男の姿が見えなくなると、再び、あゆみは、背後に人の気配を感じた。
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