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振り返ると、やはり、あの灰色の粗末な服を着た老婆が立っていた。長い白髪のせいだろうか、全体的にぼやけた雰囲気だ。一瞬、陽炎のように、老婆がゆらめいたような気がした。あゆみは目をこすった。老婆はニヤリと笑った。
「…………」
老婆は黙って立っている。
「あの男の人はもういませんよ――」
あゆみは、沈黙に堪えかねて言葉を発した。
『そうかい』
やけにしわがれた声だった。老婆はしばらく間を置いて、
『あんたもわたしと同罪だね。同罪だよ。あんたもわたしと同じ罪を犯したことになるね』
老婆はそう言って、もの凄い速さで、あゆみの横を駆け抜けた。
(あの短髪のおじさんじゃー、老婆を捕まえることはできないだろうな)
あゆみは心の中で呟いた。
「ハ、ハックション!」
翌日、学校の昼休み。教室で、井上あゆみは大きなくしゃみをした。
「大丈夫? 風邪?」
なな子が心配そうに言った。
あゆみは、なな子の方に顔を向けた。黒髪のおかっぱ頭に縁なしメガネをかけている。彼女は、メガネのブリッジを人差し指で軽く押し上げてから、
「わかった。昨日、バイトが終わってから濡れて帰ったでしょ? ビニール傘を買うお金をケチって」
「ブーピン、ブーピン」
「何、ブーピンて?」
「半分間違ってて、半分当たってるってこと。だから、ブーとピンポンでブーピン」
「何それ」
「わたし、昨日でバイト、クビになったから、バイトはしてません。でも濡れて帰ったのは正解」
「なんで、バイト、クビになったの?」
「それを訊くかな? あんたとぺちゃくちゃしゃべってて、遅刻ばっかりだったからだよ」
「あゆみ君、人のせいにするのはいかんな。いやいやいかんよ」
なな子はふざけた調子で言った。それから、
「そんな性格だから、美空様に嫌われるんだよ。人のせいなんかにしちゃダメだよ」
なな子が意地悪な顔をしながら笑う。
(本当に意地悪な顔だな……)
あゆみは、友人の顔を見ながら心の中で呟いた。
なな子が言った《美空様》とは、はるか昔に活躍した昭和の歌姫じゃなくて、野々宮美空という名前の普通の十七歳の少女だ。
平凡な十七歳に、どうして《様》がつけられるのかと言えば、一年生の頃から、ずっと学年トップの成績を収めているからだ。
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