第一章 驟雨での出会い

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 振り返ると、やはり、あの灰色の粗末な服を着た老婆が立っていた。長い白髪のせいだろうか、全体的にぼやけた雰囲気だ。一瞬、陽炎のように、老婆がゆらめいたような気がした。あゆみは目をこすった。老婆はニヤリと笑った。 「…………」   老婆は黙って立っている。 「あの男の人はもういませんよ――」  あゆみは、沈黙に堪えかねて言葉を発した。 『そうかい』  やけにしわがれた声だった。老婆はしばらく間を置いて、 『あんたもわたしと同罪だね。同罪だよ。あんたもわたしと同じ罪を犯したことになるね』  老婆はそう言って、もの凄い速さで、あゆみの横を駆け抜けた。 (あの短髪のおじさんじゃー、老婆を捕まえることはできないだろうな)  あゆみは心の中で呟いた。 「ハ、ハックション!」    翌日、学校の昼休み。教室で、井上あゆみは大きなくしゃみをした。  「大丈夫? 風邪?」  なな子が心配そうに言った。  あゆみは、なな子の方に顔を向けた。黒髪のおかっぱ頭に縁なしメガネをかけている。彼女は、メガネのブリッジを人差し指で軽く押し上げてから、 「わかった。昨日、バイトが終わってから濡れて帰ったでしょ? ビニール傘を買うお金をケチって」  「ブーピン、ブーピン」 「何、ブーピンて?」  「半分間違ってて、半分当たってるってこと。だから、ブーとピンポンでブーピン」 「何それ」 「わたし、昨日でバイト、クビになったから、バイトはしてません。でも濡れて帰ったのは正解」 「なんで、バイト、クビになったの?」 「それを訊くかな? あんたとぺちゃくちゃしゃべってて、遅刻ばっかりだったからだよ」 「あゆみ君、人のせいにするのはいかんな。いやいやいかんよ」  なな子はふざけた調子で言った。それから、  「そんな性格だから、美空様に嫌われるんだよ。人のせいなんかにしちゃダメだよ」  なな子が意地悪な顔をしながら笑う。  (本当に意地悪な顔だな……)  あゆみは、友人の顔を見ながら心の中で呟いた。      なな子が言った《美空様》とは、はるか昔に活躍した昭和の歌姫じゃなくて、野々宮美空という名前の普通の十七歳の少女だ。 平凡な十七歳に、どうして《様》がつけられるのかと言えば、一年生の頃から、ずっと学年トップの成績を収めているからだ。
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