第一章 驟雨での出会い

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それに加えて、それなりに美形だからという理由もある。頭が良くてそれなりに美形。だから《様》がつく。  あゆみは、この美空様に一方的に嫌われている。なぜ、彼女が自分のことを嫌っているのか? ――心当たりはない……?    やがて、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。    五時間目は数学だ。  あゆみは、授業の前半は真面目に先生の言うことを聴いていたが、後半は眠たくなったので、窓の外から見える海をただぼんやり眺めていた。海は弱々しい午後の光を受けてオレンジ色。あゆみは、その景色を見ながら、一年生の時、現国の授業で習ったランボーの詩を思い出していた。  あの、有名すぎる言葉群。有名すぎるために、凡庸になってしまった詩。   ――もとより希望があるものか  立ち直る筋もあるものか、  学問しても忍耐しても、  いずれ苦痛は必定だ。   六時間目は日本史だった。日本史も前の授業と同じような感じでやり過ごした。    放課後。あゆみは、久しぶりに、家へと直帰した。バイトをクビになったため、もう、国道沿いのコンビニ行く必要がなくなったからだ。    校門を出て、ダラダラと坂を下り、最寄りの駅へとテクテク歩く。十分ほど歩くと、駅が見えた。わずか二両の電車が海沿いを走る、地元の人間しか使わない駅だ。    あゆみは、無人駅の自動改札にパスモを押し当てた。  ホームに立ち、電車が来るのを待つ。あゆみの目の前には海が広がっている。十二月の今、下校時に見る海は、寒々しくどこか哀しげで、好きになれない。冷たい風が吹いた。あゆみは体を縮めた。    と、その時、誰かから肩を叩かれた。  あゆみはビクッとしながら振り返った。   「やっぱり――昨日の女の子だ」      短髪、中年の男が立っていた。昨日、万引き犯の老婆を追っていた男だ。こうして、近くでこの男の顔を見ると、目が一重で鋭いことに気が付いた。  「キミ、昨日は嘘をついただろ? あの薄汚い老婆を庇って、逃がしただろ? どうして、あんな嘘を、キミはついたんだ? 嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ」    男が言い終わると同時に電車がホームに入ってきた。 「わたし、嘘なんかついてません!」    あゆみは、はっきりとそう言って、電車に乗った。    少し混んでいたので、あゆみは座らず、向かいのドアまで行きそこに寄り掛かった。
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