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男はあゆみの後を追って来た。
「キミ、昨日はどうして、あんな嘘を……」
「だから、わたし嘘なんかついてないってば!」
あゆみは、少し興奮して怒鳴った。
「まー、いいや。キミがそう言うのなら、そうなのかもしれないし、もしかしたら、昨日の女子高生とキミは別人なのかもしれない。悪 かったな」
男は言い終わると、空いている席に座った。
あゆみは、男と同じ車両にいるのが嫌だったので、隣の車両に移動した。
隣の車両に行くと、なんと、《美空様》こと野々宮美空がいた。美空は、座って英単語帳を開いている。必死に英単語を覚えているようだ。ボロボロの英単語帳が、彼女の学年トップの成績を物語っている。
あゆみは困った。隣の車両に戻れば、あの男がいる。でも、この車両には美空がいる。この電車は二両編成だ。電車はすでに発車してしまって降りることはできない。どうする?
あゆみはつい溜息をついてしまった。
先ほどまで、あんなに熱心に英単語帳を見つめていた美空が顔を上げた。あゆみと美空の視線がぶつかった。
美空は、二重の大きい瞳を露骨に細め、顔を横に向けた。美空から、体全身を使って、あゆみを拒絶しているような雰囲気が伝わってきた。
どうして、ここまで、嫌われなければいけないのか? これまで一度もクラスが一緒になったことすらないのに――。どうしてなの?
美空とあゆみは登下校時、同じ駅を使っている。これまで時々、今日のように、電車の中で鉢会うことがあった。しかし昨日まで、あゆみはコンビニのバイトがあったので、少なくとも下校時は、あゆみが美空と会うことはなかった。
あゆみは、目を逸らした美空の前を通り過ぎ、車両の一番奥まで歩いた。それから、ドアに寄り掛った。窓の外は冬の海が広がっている。
二十分ほど電車に揺られた。その間、電車は五回停車した。その都度、人が降りたり乗ったりを繰り返した。《美空様》はずっと英単語帳を見ている。その横顔が夕陽に照らされてきれいだ。まるで美術室にある石膏のビーナスのようだ、とあゆみは思い、時々美空の顔に見入ってしまった。
終点の駅に着くと、美空が電車から降りるのを確認してから、あゆみは降りた。それから、しばらくの間、ホームで佇んだ後、改札から出た。
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