【 7 】おとぎ話の日々

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誕生 1 季節はふたつ目が巡ってきていた。  一年前まで、華やかな職場で注目を浴びていた私。  一年後の今を、想像できなかった。  慎さんには再会していた。  けれど――。  ありあわせの仏具に、真新しい漆塗りの位牌。  ろうそくに火を灯し、線香を香炉に差す。  ――この香りは好きになれない。生涯、嫌うと思うわ。伽羅も沈香も大嫌い。手を合わせながら彼女はため息をつく。  そして1年未満の日々を振り返った。  子供ができて、悪阻の次にやってきたのは切迫流産だった。  入院先の医師から、ベッドから文字通り起き上がってはならないと指示され、手洗いにも事欠く日々が続いた。  母の迷いを確かめるように、揺さぶるように、覚悟を聞くように、腹の子は彼女に対応を迫った。  わかったから! お願い、あまりいじめないで。おとなしくお腹の中にいてちょうだい!  お願いだから、出て行かないで!  病床から、お腹の子供になだめるように問い掛ける入院期間だった。  やっとのことで床上げができた頃、祖父が前触れなくぽっくりと逝った。大きくなり出した孫の腹の中にいるひ孫の誕生を楽しみにしていた矢先だった。  遺された家族に悲しみに暮れる暇を与えず、祖母が倒れた。  おしどりのように仲が良い夫婦だったから、夫の不在が耐えられなかったのだろう。日々弱っていった。  看病をしながら、茉莉花の胸の奥はちりちりと痛んだ。  番になる人が、私にはいないのだ。  大きくなっていく腹にすべての思いを抱えて、自宅と祖母の付添で病院を往復する日が続く。
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