【 7 】おとぎ話の日々

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 無事、産まれてきてくれてよかった、と、彼女が出産の充足感に浸るひまなく、我が子は保育器へ送られた。  妊娠期間中に母の行動を束縛し、何もかもが未発達のまま世に出た、小さすぎた赤ん坊は、しばらく『箱』から出てこれなかった。  私がもっとちゃんとお腹の中で育ててあげればよかった。小さく産んでごめんなさい。保育器の中でぱたぱた動く子供に彼女は詫びる。切なくて涙が出た。  授乳以外は抱くこともできなかった我が子が箱から解放されるまで、一ヶ月近くもかかっただろうか。我が家に連れて帰れた時、すでに命の火が消えかけていた祖母は念願のひ孫を抱き、 「ぶーちゃん、やっと会えたわね」  と言って程なく、祖父の後を追ってしまった――。  これらが、たかが十ヶ月足らずの間に起きた事。駆け足で月日は過ぎた。  妊娠期間中も、出産後も、次郎兄は不自由な足を引きずって妹の元を何度も訪れた。彼も甥の誕生を素直に喜び、小さな手足を握っては目を細めた。  けれど、喜ぶだけではなかった、兄はやはり男だ。「相手には知らせたのか」と出会い頭に質すのを忘れなかった。 「必要ないですもの」と妹が返すのもいつものこと。 つい一週間ほど前、兄と妹は赤ん坊を間に挟んで激しく口論をした。いつもなら2,3言葉をかわすだけで済んだのに、この日はお互いに引くに引けなかった。 「今後の生活や子供の将来を考えると、このままにしてはおけないだろう、犬猫の子供とはわけが違う」  次郎が言う。 「だって、相手は私が妊娠したことも知らないんですから」  妹はまったく的外れなことを言って兄をはぐらかそうとする。
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