【 7 】おとぎ話の日々

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それは、兄の差し金でそうなったということなのか。 茉莉花は兄の笑顔がおそろしいと思った。 彼は戦時中に何をしていたのだろう、戦後すぐに復員できなかった兄は。本職ということは、多分、興信所か私立探偵あたりを言うのだろう。彼らを相手にしてはぐらかせる手段を兄は持っているというのか。それも1回ではなく何度も。 それに……兄は慎の財務状態を調べたと言ったではないか。何故わかったのだろう。知らない方がよいことが、世間には数限りなくある。 笑顔の影に隠れている、兄の裏の顔は、見たくない、知りたくない。 背筋に寒気を覚えながら、茉莉花は話題を変えるように言った。 「私が、働きに出ればいいんですわ」 「子連れ女を雇う酔狂なところがあるというのかね。第一、お前が働きに出ている間、この子はどうする」 「それは……」 「いいかね、働くにしろ、ここに住み続けるにしろ、お前にできることは限られている。子供と茉莉花が食べていけるだけの稼ぎをお前が作れるとは……」 「作りますわ!」  反射的に彼女は答えていた。 「新橋でも、銀座でも。探せばお仕事ならいくらでもあるのではなくて? 私は、エアホステスと呼ばれる職業についていたんですよ、似たようなものですわ」 「水商売へ行くというのか」 「ええ!」  ここでも茉莉花は高らかに答えていた。  ああ、またやってしまった。  私はいつもこれで失敗する。  けれど、言いだしたら止まらない。 「食い扶持を稼ぐ為なら、水商売だろうが、身売りだろうが、何だってやりますわ! 食べていけるのでしたら、父親は不要、告知も認知もいりませんわ。でしょう??」 「本気で言っているのか」 「冗談でこんなこと、言うと思いまして?」 「茉莉花」 兄は抑揚なく言った。 「お前はとことん、バカだな」
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