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◇ ◇ ◇
夏の休暇はあっという間に終わってしまう。
客人として接待されるのを良しとしなかった幸子は、来訪の目的そっちのけで武本家で家事その他を率先して手伝った。
「いいから座ってて下さいな!」と伯母や知子らが止めてもきかなかった。
「もてなされるの、慣れてないんです。お願いですから何かやらせてください!」
……僕の家に来た時も、ちっともじっとしてなかったな。
ぶちぶちと、鼻歌交じりに雑草をむしっていた姿が思い浮かんだ。
ちりりんと鈴虫風鈴が涼やかに鳴る昼下がり。せっせとぞうきんがけをする彼女を見守って日にちは過ぎた。
幸子が幸宏の実家に逗留するのはものの数日。いよいよ彼女が帰京するという前夜だ、夕食が終わった時、思い出したように幸宏は言った。
「そうだ、さっちゃん、ピアノ!」
「ピアノ?」
幸子は食器を片付けながらおうむ返しに答える。
「そういえば」知子も同調した。
「どうする? その為に呼んだのに、一度も弾いてないだろう?」
「そう……だけど」
「弾きなよ!」
早く早くとせき立てるように、彼は彼女を立たせる。
「お片付けが残っているのに、いいわ」彼女は渋る。
「明日東京へ帰るのに、今晩ぐらいはいい!」
いいよね、と伯母たちに同意を取り付けて、彼女を引っ張るようにして庭へ出た。
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