【12】夏休み

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◇ ◇ ◇ ターミナル駅からバスにゆられること数十分、すっかり田園風景に代わった光景に幸子の視線が遠くを臨む。 バス停に降り立ち、ぐるり四方を目を輝かせて眺める横顔が問う。 「武君はここの出身なの?」 「うん。生まれは外地で、ちょっとだけ東京で暮らして。後はずっとここ。家族は妹だけ。うちは妹が産まれてすぐ母が死んで。父親が開戦直後に渡った先で死んじゃって」 「……おひとりで行かれたの? 武君達を置いて?」 「軍医だったんだよねえ。親父が留守にしていた間は父方の本家の世話になってたんだけど、親父の死後はそのまま僕たちを引き取ってくれた。伯父は昔気質の頑固な家長様で。厳しい反面、公平な人だった。僕たち兄妹は伯父にはひとかたならぬ恩を受けてる。今の僕があるのは伯父のおかげ。だからちょっと頭が上がらない」 「伯父様は何をなさっている方なの」 「同じく医者だよ」 「武君はお父様の跡を継ごうとは思わなかったの?」 「親父や伯父の? もちろん、思ったさ……」 埃だらけの小道をふたりで並んで歩きながら彼は何度もうなずく。 「親父は跡取りにこだわってなかった。医者はやめとけ、って。変だろ、医者の家系なら普通子供は医者になるように決められてるもんだけど、一度もなれとは言わなかった。出征前すら言ってたよ、医者だけはだめだぞ、って。僕には適性がない、志すなら他を当たれ、って。反対押し切って医学部へ入って、だけど辞めた。確かに、僕は親父がやってたような、何を置いても患者の為に一命をなげうつ芸当はできそうにない。だから僕は大学に残る道を選んだんだけど、でも、心の底では跡継いで欲しかったのかもしれないなあ……。全部憶測にすぎないけど」 「あなたが医者になってたら、こうして並んで歩くこともなかったわね」 「本当だね」こつり、小石を蹴る。「今日は来てくれてうれしかったよ」 こくり、幸子も頷いた。
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